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2006年1月21日 (土)

ネットと新聞と『明日のニュース』

本日土曜日、お休み

ネットでニュースやブログなんかを読んでいると、情報が多すぎて、暗黒の海の中で溺れているような感覚になる。ネットサーフィンなんて言葉があったけど、そんな爽快な気分じゃない。「たくさん情報を得た」みたいな達成感もなく、どこまで行っても終わらない不安感に包まれる。新聞を読み終えた、あの一区切りな感じのほうがよかったなと、強く思う。自分が生きている24時間という時間が、全くもって足りないぞ。一日が50時間ぐらいあればいいのに。いや50時間あろうが、100時間あろうが、ネット上には、絶対に追いつくはずのない情報が大量に吐き出されているのだ。あー、疲れるよね、こんな状態。

昨年末から、ある新聞社の仕事をしていて、そんなことを話し合っていた。ネットはネットでいろいろな利便性やエンタテイメント性や、個人がメディア化するといった新しい可能性をもっているが、でもやっぱり新聞っていいよね、と。ある平均的な視点と、常識的な基準でもって、大量の情報から、知るべき情報を編集して知らせてくれる。これは、なにしろ楽だよねって。ネット社会って、今までとは比べられないほど、個人が情報を選別するエネルギーを求められる社会だと思うし、「編集された情報を、楽に得られる」という新聞の価値は、大きな武器だと思うなぁ。無くなんないね、新聞は。

そんなこんなで、ラッパ屋の「明日のニュース」。

昨日帰宅して、ブログを更新しようとして書き始めたのだが、一緒に行ったお店のことを書いて、寝てしまった。「明日のニュース」凄くよかったです。新聞社のお向かいにある、豆腐屋さんが舞台。新聞社の記者たちのたまり場になっている。脚本演出の鈴木さんが「豆腐屋を通じて新聞社を描いたのは、世界広しといえども自分だけだと思う(笑)」といっていたが、全くそのとうり。なにしろ設定がよかったです。お話は、新聞記者の「捏造事件」がストーリーの軸になっていた。記事の捏造は「ジャーナリズム精神」で糾弾されることが多いのだけれど、一方でこれからは、ネットの情報と比較して、その情報の「編集者としての信憑性」こそが、新聞の大きな存在理由になる。だから、捏造することによって失われる信頼は、新聞を殺してしまうことになる。そういった意味でも、捏造は絶対あってはならないのだ、なんてことも考えさせられました。

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コメント

確かに、ネットは情報が雑然と多すぎて、「これでよし」とおさえるべきポイントがはっきりしないので、どれほど時間をかけても何だかすっきりしない感じがしますね。

投稿: カエルン | 2006年1月22日 (日) 午前 04時08分

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