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2007年5月25日 (金)

『感じるマネジメント』

『感じるマネージメント』リクルートHCソリューショングループ 英治出版

著者のHCソリューショングループっていうのは、リクルートの戦略人事コンサルティング部門のことらしいです。海外拠点世界30カ国、社員数10万人を超えたデンソーが、会社の理念を浸透させようと、このリクルートHCとおこなった活動について語られています。「会社の理念を浸透させる」ということでは、よくトップが全社員の前で「バリュ-2007」みたいな派手なプレゼンテーションをおこなったり、理念説明ツールを配ったり、管理職のワークショップをしたり、というケースがほとんどだと思います。しかし「カタチ」や「仕組み」だけでは、理念の共有化なんてできない。会社側の価値観を一方的に押し付けるだけでは、社員の気持ちは動かない。全社員が、会社のあり方を自分ごととしてとらえ、考え、語り、行動するプロセスを踏まないといけないし、その自発性を引き起こすための「感じるマネージメント」が必要、ということなんですね。

いろいろ勉強になるお話が多かったのですが、中でも、HCソリューショングループの人たちが、理念浸透の参考にと、聖イグナチオ教会を訪れ、そこで紹介された上智大学神学部の山岡三治学部長から伺ったお話が興味深かった。

「<布教>という時代は終わりました」

「上から下へ、相手の持っていないものを授けてやるのだ、という考え方はもはや通用しません。いや、もともと機能しないのです。そういうやり方は、西洋の科学技術が最先端を行っていた一時期に、力のない伝道者が安易に技術の威光を借りて行っていた方法にすぎません」「教えるのではなく、共に学ぶのです」「相手の心の中にある宝物を相手と一緒に見つけながら、共に豊かになること。伝道者の役割とは、そういうことです」

そもそもこの本は、社内コミュニケーションについて語ったマネジメント本。しかし今、広告コミュニケーションについて語られていることも、規模や目的の違いこそあれ、まさにこの教授の言葉どおりだと思いました。人々がネットワークという新しい能力を身につけたことで起きた、情報の民主化。授けたり、教えたりするのではなく、共有し、対話する感覚。「広告=布教」という時代は幕を閉じ、新しいフェーズに入っている。もはや、「広告」という言葉自体が、違っているのかもしれないと思いました。

PS:以前一緒に仕事をさせていただいたクライアントの方から、メールをいただいた。今はアメリカで仕事をしている、某ゲームソフト会社の方。あるソフトを一緒に担当して、いろいろあって、ものすごーーーーく大変だったけれど、結果的にそのソフトは超大ヒットして、おいしいお酒を一緒に飲んだ、いわば戦友ですね。たまたま偶然に、このブログを読んでくれたらしい。アメリカでこのブログを読んでもらっている=今、僕が感じたり、考えていることが、同時にその方にも伝わっていることに、なにか不思議な感じもしたんですが、そこが2.0。お元気ですか。日本に帰ることがあったら、連絡くださいね。

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