書籍・雑誌

2008年5月19日 (月)

『不機嫌な職場』『ひらがな思考術』

この数週間、なんだか忙しかったぁ…3週間ぶりの更新です。4月末に赤坂へ引っ越して、気分的にも舞い上がって、赤坂だ!ワーイ!なんて新しい店なんかにも行って、大きなプレゼンも何本か抱え、ゴールデンウィークは家族で実家へ帰って、法事行って、入院してる親戚の見舞いに行って、そうそう大腸の内視鏡検診もしたし(痛かったぁ、でも、無事でした)、本を読んだりする時間はあったけれど、ブログまでは書けなかった…って感じです。

『不機嫌な職場』講談社現代新書

まず、本のタイトルがいいですね。そして、サブタイトルが「なぜ社員同士で協力できないのか」。うちの職場は、かなり「上機嫌な職場」な方だと思うし(笑)、「社員同士で協力し合ってる」方だとも思うのだけれど、確かにこのタイトルを見てドキッとしたし、思わず買ってしまった。90年後半以降の成果主義がもたらしたものが、「一人ひとりが利己的で、断絶的で、冷めた関係性が蔓延している」職場であるとするこの本の指摘を、否定できる経営者はいないのではないか。

僕はこの本を、広告クリエイティブという仕事に置き換えて読んだのだけれど、広告クリエイティブという仕事は、もともと専門性が高く、守秘義務が厳しい仕事なんですね。社員同士、もしくはマネージャーとのコミュニケーションを密にしないと、何をやっているのか見えなくなる、つまり「タコツボ化」しやすい職場なんです。そこに「成果主義」が導入されたことで、「タコツボ化」はますます進んだ。「自分なりの結果を出しさえすればいいんでしょう?どうやるかは勝手でしょう?」という、「自分だけ」意識を生んだことは否めないと思う。社員同士挨拶もしないし、それ以前にまず席にいない。会うのは打ち合わせの時だけ、というような状況も生んだ。これだったら、会社辞めても、状況は変わんないじゃん、みたいな気分にもなった。スタッフ同士がアイディアをぶつけ合って、より高度なアイディアに昇華させていく。チーム全体で大きなアイディアを提案することが、僕らの仕事の本質なのに…一部の個人だけにスポットがあたるから、スポットがあたらないスタッフは、不平と不満と不安を持つ…。

変えなきゃね。広告クリエイティブには新しい評価軸が求められている。新しい意識、新しい働き方、新しいマネージメント、新しい組織、新しい育成…いろんなことが、求められている。

『ひらがな思考術』関沢英彦 ポプラ社

引越しの最中に、ある会社の上司の本棚で発見し、「あ、この本読みたかった。くださいよ。」と言ったところ、「アンダーラインが引いてあって、恥ずかしいからダメ」と断られた。でも、後日わざわざ新品をくれたんですー。いい上司、いい職場。

思考するための、いろいろな方法論を紹介してくれていますが、なかでも、「ひらがなで考え、感じ、あらわすことで、見えなかったことが見えてくる」というこの本の主張に、僕ははげしく共感いたしました。

最近会話の中に、カタカナ語(英語)が多すぎやしませんか!と。昔、会話で難しい英語が使われると、「それ、どうゆう意味?」っていちいち聞いていたのですが、最近は、日常会話に英語が多すぎて、もういちいち聞くのも面倒になり、わかったふりして聞き流すことが増えた。助詞や接続詞意外はすべて英語で、「だったらもう、僕のことは気にしなくていいから、全部英語で話してよ!」なんて、僕はよく半泣き状態になっています(笑)。

話が本筋からズレましたが、この「わかったふりして」が非常に危ない、と。英語も、難しい漢字もそうなんですが、なんとなくこういった意味だろうと解釈して思考を進めると、最終的に、なんだか全体がわかんなくなる。みんな「わかったような」気分にはなるが、実は全然わかってなくて、結局なにをしていいかわからない、とかね。

最近は減ったけれど、マーケの企画書も難しい漢字と外来語が多すぎて、意味がつかめない、ってことありました。「意味」よりも、企画書の「密度」を重んじる、みたいな(笑)。

でも、いいこと思いつきますね。「ひらがな」ね。この本が出たのは2005年。日本や日本語がブームになったりしたのも、この時期からでしたっけ?今も続いていますもんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月28日 (月)

『とける、とろける』『そのノブは心の扉』

『とける、とろける』唯川恵 新潮社

直木賞受賞作『肩ごしの恋人』の著者が、初めて挑戦したエロティックストーリー。新聞広告に著者自身の言葉で「読まれるのが恥ずかしい小説」と書かれていたことで、思わず買ってしまった(笑)。どの短編も、男と女のドロドロした情念の世界が展開され、エロティックというよりもむしろ、「怖い」です。

『そのノブは心の扉』劇団ひとり 文藝春秋

ある意味こちらも、「読まれるのが恥ずかしい」本です(笑)。劇団ひとりが、自分の「自意識過剰な生活」を振り返り、「情けない自分」をさらけ出しています。誰しも多かれ少なかれ、似たような「情けなさ」を抱えながら生きている。でも劇団ひとりに比較すると、自分の「情けなさ」は大したことがないように思えて、また明日から勇気を持って生きていける、そんな気がします(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月14日 (月)

『男は3語であやつれる』『女は3語であやつれない』

はじめに断っておきますが、僕が週末これらの本を一心不乱に熟読していたわけではありませんからね。しかも、決して他人様を「あやつろう」、なんて考えているわけではありませんからね。あしからず(笑)。

『男は3語であやつれる』伊東明著 PHP研究所

結局、男はプライドをくすぐればイチコロ、という本です(笑)。かなり売れた本なので、買った方も多いのではないでしょうか。一応何章かに分かれてはいますが、男の場合はとにかくシンプル。「プライドをくすぐる」「気持ちよくさせる」言葉のオンパレードです。「男をあやつる」言葉。面白いので、羅列してみますね(笑)。

「すごーい」

「頼りになるー」

「貴方の目はごまかせないわ」

「やっぱり○○さんじゃなきゃ」

「大人は違いますね」

「○○さんみたいな人、なかなかいないですよ」

「ドキドキするー」

「大胆ですねー」

「やさしいですね」

「陰で努力してるんですね」

「○○さんなら大丈夫ですよ」

「島耕作みたいですね」

「ありがとう」

女性にまっすぐ目を見られて、こんなコト言われたら、「むははは!もっと言って、もっと言って!」ってのは、僕だけじゃないはずです(笑)。バカなんですね、結局男って。

『女は3語であやつれない』伊東明著 PHP研究所

逆に女性の場合は、事がそんなにシンプルじゃない。物事の捉え方が人によって千差万別だから、「3語ではあやつれない」わけです。でも分からないからって、恐れていてはいけない。そもそも女性と男性では、言葉に対する感受性が違うから、そこを知った上で、いいコミュニケーションをしましょう、という男性向けの本ですね。

●男が戸惑う「恐怖の言葉」

「ねぇ、ちょっと話があるんだけど」

「どうして黙っているの?」

「なんで相談してくれなかったの?」

「誰といたの?」

「最近○○してないよね」

●女性を敵に回す「地雷の言葉」

「女のくせに」

「なんでそんなことに悩んでんだよ」

「そんなの自分で決めろよ」

「だってほら○歳なんだから」

「ほんとバカだな」

「要するに何?」

●これであなたもジェントルマン←(笑)

「今日は楽しかったね」

「ずっとがんばってきたもんね」

「いつでも相談にのるよ」

「オレが悪かったよ」

「素敵だね」

「ありがとう」

女性から言われて戸惑う(どうゆう意味だろう?と考えさせる)、「恐怖の言葉」って確かにあるし、何気なく言ったらいきなり怒られる「地雷の言葉」もあるもんなぁ(苦笑)。そもそもは、性差によるコミュニケーションの違いがベースになっていて、女性は「共感」、男性は「プライド」。でも、どっちも最後の言葉は、「ありがとう」という感謝の言葉であるあたりが、美しいですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月24日 (月)

『サッカー番長』『4-2-3-1』

『サッカー番長 ヨイショ記事にはもう飽き飽きだ』杉山茂樹 飛鳥新社

サッカーが世界で最も愛されているスポーツなのは、知識があるなしに関わらず、誰もがサッカーのことを「語れる」から。「サッカー日本代表岡田ジャパン」なんつったって、しょせんサッカーなんだから、「俺はこう思う」って言っていいわけで、日本のヘタレサッカージャーナリズムでは言えない、言わないことも、「サッカー馬鹿」として言っちゃうよ、という本です。

かなり過激な内容まで含んでいて、オシム後に「彼しかいない」と言われて生まれた「岡田ジャパン」に対する不安を、ストレートに書いています。他にも、「サッカー馬鹿」としてラインナップされている、松木安太郎、原博美、宮本恒靖、岡野雅行、元毎日新聞の荒井義行各氏などのインタビューが素晴らしい。この「サッカー馬鹿」たちが、何を考えサッカーに打ち込んでいるかを、何でも美談にしてしまう日本のスポーツジャーナリズムとは違った視点で書いています。

以前杉山茂樹さんから、日本サッカーについての話を聞いたことがあって、その時彼は、日本のサッカーがもっと強くなるために、協会やJリーグや監督や選手のレベル向上以外に、日本のサッカーファンやサポーター、そしてサッカージャーナリズムがもっと勉強して、代表やJリーグのクラブに対して、強くモノを言わなければいけない。地上波で観られるガチンコのサッカー番組がないのはおかしい!と熱く語ってくれました。『サッカー番長』の中で杉山氏は、「かぶりもの」して自分をキャラ化していますが(笑)、ある種照れ隠しなんでしょうが、日本サッカーに対する想いは、本当に熱い人だと思いました。

『4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する』杉山茂樹著 光文社新書

「サッカー馬鹿」と対をなすカタチで同時期に出版された、こちらはサッカーを「知性」で語る本。なぜ杉山氏が、例えば岡田ジャパンに対して厳しい意見を言えるか、そのバックボーンになっているサッカーの戦術を語っている本です。

杉山氏はこれまで17年間にわたり、ヨーロッパをはじめとする世界各国でサッカー観戦をしてきた。そして観戦だけじゃなく、試合後、監督や選手からいろいろな話を聞くうちに、ひとつの結論に達する。それが、「サッカーは布陣でするもの」という考え。もちろん、チームを構成する選手の個性と、監督が繰り出す戦術との掛け算が大切なのは言うまでもないけれど、その時代その時代で新しく編み出され、進化していくサッカーの戦術というものを、最前線で理解しているかどうかが大切なのだ。日本という国はサッカーの僻地であるから、絶えずヨーロッパなどのサッカー先進地域に目を配っている必要がある、と語っています。

サッカーを観る、語る上で、この本は実に参考になります。3バックと4バックぐらいしかわからないようじゃダメですね。4-2-3-1と3-4-1-2の差を、ちゃんと語れるぐらいじゃなきゃ、サッカー好きCDを名のれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月17日 (月)

『スティーブ・ジョブズ』『明日の広告』

『スティーブ・ジョブズ 偉大なるクリエイティブディレクターの軌跡』林信行 アスキー

スティーブジョブズは偉大なクリエイティブディレクターである。

彼は単なる技術者でもビジネスマンでもプレゼンテーターでもない。後書きはこうにある。「いつも新しい世界を築いてきた偉大なるディレクターであり、プロデューサーであるスティーブジョブズ。彼の強さは、優秀な人材を一堂に集め、そこから無限大の化学反応を引き起こす触媒(カタリスト)としての能力の高さである。そして、その化学反応を誘発するのが、彼のウィットに富み、洞察の深い(言葉)なのではないか…。」彼は、自分が一番素敵だと思える未来を、自分の言葉で語る。他人からすれば、その未来は実現不可能に思えること。しかし、ジョブズは諦めない。前述のような優秀な人材を集め、魔法の言葉を駆使して、彼らから最大限の力を引き出し、不可能と思われた未来を現実にしていく。

スタンフォード大学の卒業生へ向けてのジョブズのスピーチに(今では名スピーチと呼ばれている)、こういう一節がある。「今日が人生最後の日だとして、今日これからやりたいことは本当にやりたいことか?もし、何日もの間、(NO)という答えが続いたときは、何かを変えなければならない」

クリエイティブディレクターは、人のココロを動かす言葉を持たなければいけない。

『明日の広告』 佐藤尚之 アスキー新書

コミュニケーションの環境変化、求められる新しいコミュニケーションデザイン、その組み立てと方法論、プランニングをリードするコミュニケーションディレクターのありかた、などについて言及している。サトナオさん本人が言っている通り、もうあちこちで語られ尽くしている内容なので、特に目新しいことはないけれど、「総集編」として読んでおく必要あり。あちこちのクライアントから、「読みましたか?」と聞かれる状態がいまだに続いています。現状、「宣伝部長の必携書」化してます。広告会社社員として、読んでないとヤバい感じ。

僕が会社で言っていること、このブログでも書いていること、そういったことが本になってまとまっていて、『明日の広告』というタイトルも、このブログのサブタイトル「新しい朝がきた~♪」とも微妙にかぶっていて(笑)、自分が書いた本でもないのに、何か不思議な感覚を覚えました。でもサトナオさんは凄いです。たくさん仕事している上に、ゴハンもちゃんと食べていて、本まで書いちゃう。

優秀なコミュニケーションディレクターが何人いるか、それが広告会社の命運を左右する。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月 9日 (日)

『ほんとはこわい「やさしさ社会」』

『ほんとはこわい「やさしさ社会」』森真一 ちくまプリマー新書

部下に対して僕は、よっぽどのことがない限り怒ったりしない。それは直すべき点を、部下が自分自身で気づき、自ら改善しようとしない限り、上司が怒っても根本的に何の意味もない、と考えているからだ。だから、気づきにつながるような言葉をかけることは、たまにあるけれど…というか、日々の仕事の中で、「怒る」「叱る」に繋がることがそもそも少ないし、お世辞でもおべんちゃらでもなく、部下はみんな能力が高く、前向きに仕事に向き合ってくれている、と感じているから、「怒る」「叱る」必要があまりなかったのだ。しかしこの本を読むと、もしかしたら僕はこれまで「怒る」「叱る」ということを、時代の空気の中で、無意識のうちに避けていたのではないか、と思えてくる。

本当にその人のことを思い、その人の将来に良かれと思ってかける言葉が、時にその人を傷つけてしまうことがある。しかしその人を本当に思っているのであれば、傷は時とともに癒され、その人の心に何かを残すはずだ。この本で言う、「やさしい厳しさ」である。

しかし今の日本には、こういった「やさしい厳しさ」とは違う、「過剰なやさしさ」が蔓延しているという。

「怒る」「叱る」「注意する」ことで、相手を傷つけることを恐れ、あえて何も口にしない。その場の仲間関係を楽しく保つことが、何より優先されるから、「KY」(空気をよむ)ことだけが大切になってくる。「私、○○が好きかもー」という、自分の意思なのに語尾を曖昧に終わらせる奇妙な文章も(今ではそれほど奇妙に感じないが)、相手との決定的な対立を避けるために考え出せれたものらしい。グループの中に「キャラ」をつくって、安定的な関係性をつくるのも、誰もが傷つかないための知恵だと言う。

この本では、関係性を楽しく保つための、こういった「人を傷つけないやさしさ」が悪い、と決め付けているわけではない。時代とともに社会の価値観は変化し、人間の関係性も変わっていく。どんどんやさしい時代は進んでいくのであるが、しかし、表面的に人を傷つけたくないという、あまりにも「過剰なやさしさ」が、人間の「本質的なやさしさ」を奪ってしまう「こわさ」に、着目しているのだ。

場の空気が悪くなっても、言わなきゃいけない時は、言わなきゃなぁ。摩擦がないからいい関係、ってわけじゃないしね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月18日 (月)

『セレンディピティ』

『セレンディピティ』 宮永博史 祥伝社

「偶然をとらえて、幸福にかえる力」を「セレンディピティ」と言います。

「広辞苑には、次のような説明があります。(セレンディピティとは)おとぎ話『セロンディップ(セイロン)の3王子』の主人公が持っていた、思わぬものを偶然に発見する力。幸運を招きよせる力。」

もともとは、技術開発や研究開発の現場で使われてきた言葉のようですが、ここへきて、それ以外のビジネスの場でも使われるようになってきた。僕なんかが思うに、クリエイティブディレクションとは、まさにこの「セレンディピティ」をどう掴むかに尽きるな、と思うわけです。タイトルを読むだけで内容は想像できると思うので、関係ありそうなタイトルを、ちょっと長くなりますが、列挙してみますね。

 失敗のあとからやってくる「セレンディピティ」

 地味な作業を来る日も来る日も続ける

 小さな変化を見逃さない

 「たまたま」の大切さ

 セレンディピティは、たまにやってくる気まぐれな小人さん

 幸運はみんなのところに同じように降り注ぐ

 当たり前のことを当たり前に実行する

 「無関係なもの」を関連づけてみる

 異分野のプロを集めろ

 「素人発想」プラス「玄人実行」が有効

 「こんなことができたらいいな」から始める

 「想定外」のことを考えていることがはるかに有効

 「見えざる顧客」を見つけたものだけが生き残る

 他の人には見えない宝物に気づく人

 「邪道」が暗礁に乗り上げた研究を救う

 偶然のひらめきをモノにする翻訳力

 誰かが見つけてくれるのをじっと待つ宝物

 毎月20ジャンル、20冊の読書

 コミュニケーション能力を磨くロジカルシンキング

 予測するということは、変化に気づくということ

 社員の絆が、組織のセレンディピティを生み出す  

僕らクリエイティブディレクターは、お得意先から大きな課題を与えられ、それを解決するために、各方面の専門のスタッフを集めます。いまどき、CM1本で解決される課題なんて、少ないですもんね。会議では、それぞれの専門性のもと、いろいろな角度から、たくさんのソリューションが提案されます。提案のひとつひとつは、まだまだ可能性の芽だったり、なにか少し物足りない感じだったり、微妙に芯をはずしていたりします。もちろん、煮ても焼いても食えないアイディアもある。そこに集まる有象無象のアイディアを組み合わせ、融合させ、化学反応を繰り返しながら、「最終的な成功の物語」をつくっていく。クリエイティブディレクターというと、何となくセンスが求められて、感覚的なことだけ言っているイメージがあるかもしれませんが、まったくもって逆。全スタッフが納得するような、論理的にも筋の通ったことが言えなければ勤まらないし、ファシリテーション能力も求められる。そして、この本で言う「セレンディピティ」が、とても重要なんです。

ものより、ものを見る目。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

『四畳半神話体系』『ホルモー六景』

『四畳半神話体系』森見登美彦著 太田出版

ちょっとした決断によって、人生は大きく左右される、か?否。どんな決断をしようが、案外と、同じような人生を送るんじゃないの(笑)、というお話。(以下、ネタバレ注意→)多くは語りませんが、第3章まで読んで、「なんだまた同じかよ」と思い、「もういいよ」と第4章を諦めることで、多くの読者が大きな後悔をしていることでしょう。騙されたと思って最後まで読むと、意外にコクのあるお話に遭遇できます。森美登美彦氏が繰り出す「小技」のファンとして、この本かなり好きです。 

森見登美彦氏はブログまで面白い。客観的な立場で、「森美氏はこう言った。こう感じている。」などと記述しているが、本人であることは明白(笑)。http://d.hatena.ne.jp/Tomio/

『ホルモー六景』万城目学著 角川書店

万城目(まきめ)学氏のヒット小説『鴨川ホルモー』のスピンオフストーリー。何百年も伝わる「ホルモー」という謎の行事をめぐる、荒唐無稽なお話なんだけれど、よくできたラブストーリーだったりもして、僕は単純に楽しめました。(以下、ネタバレ注意→)5話目かな。本能寺の変に遭遇する若い武士と、イケてない女学生との時空を超えたラブストーリーには、ちょっと泣けましたし。玉木宏主演のテレビドラマ『鹿男あおによし』も、万城目氏の作品(直木賞候補になったっけ?)ですね。

2作品とも、京都を舞台にした大学生のお話です。どちらもファンタジー小説と呼ばれる、実際には有り得ない、ある種「アホらしい」お話。でも、京都を舞台にすることで、この「アホらしい」お話も、なにか深みのある、重みがある小説に感じられるから不思議です。「大量の黒い蛾の大群が、糺の森(ただすのもり)あたりから飛来する」から、深い話になるのであって、「代々木上原あたりから飛来した」りすると、ちょっとおしゃれになっちゃったり(笑)、蛾の色もシロかったり(わぁ、キレイ)。

こたつで日本酒などをやりつつ、(笑)つつ、ページをめくりつつ、「アホらし」とつぶやく幸せ。外は雪だし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 2日 (土)

『センセイの鞄』『人は思い出にのみ嫉妬する』

『センセイの鞄』川上弘美 平凡社

居酒屋で出会った、高校時代のセンセイに恋する物語。WOWWOWのドラマにもなった川上弘美のヒット作です。主人公は今で言う、「おひとりさま」を楽しむ、恋にはちょっと不器用な、40歳を目前にした女性。お酒の飲み方やつまみの趣味が似てる、そんなところから、なんとなくセンセイのことが好きになっていく。その恋は淡々としていて、若者の恋のように焦るわけでもなく、ゆったり静かに深まっていく。亡くなった奥さんに対するセンセイの思いまで、大切にしようとする主人公。逆に、自分の人生が残り少ないことで、主人公を悲しませるのではないかと、心配するセンセイ。今、目の前にいる相手のことだけじゃなく、相手の過去や未来をも大切にしようとする、そんな大人の素敵な恋が描かれています。

『人は思い出にのみ嫉妬する』辻仁成 光文社

一方こちらの小説で描かれているのは、人を愛するが故に、その人の過去(他の人との思い出)に嫉妬してしまう、ある意味非常に子供っぽい恋愛。実際にあった知人の話を脚色して書いた、と著者があとがきで語っています。ドロドロの4角関係の結末は、自殺1名、自殺未遂1名、サナトリウム療養1名、というかなり悲惨なものです。「人を好きになるのは、その人の思い出になりたいからよ。自分の魂を相手の心の中に預けるということは、つまり、率先して、思い出になる、ということでしょ。その人のいい思い出になることができれば、人は永遠を生きることができる。たとえ早くに死んだとしても」この言葉は、好きな人を残して自殺しちゃう女性の言葉。一見理屈が通っているようで、実はとても自分勝手な考え。勝手に思い出を押し付けられて、残された人はどうなる?『センセイの鞄』のふたりを見習いなさい、と突っ込んだ広告深夜族であった。

「思い出は厄介だが、人間が死ぬまで持ち続けることの出来る宝物である」

思い出が宝物になるかどうかは、その人たち次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月20日 (日)

『ひとりで、居酒屋の旅へ』

『ひとりで、居酒屋の旅へ』太田和彦 晶文社

資生堂のアートディレクターだった太田さんの居酒屋本。東京の名居酒屋の紹介だけでなく、自分が生活してきた町や、日本全国のいろんな旅について語っています。カバーに、こんなコピーが。

  町を歩こう。町にはいろんなものがある。

  居酒屋に入ろう。うまい酒と肴が待っている。

  旅に出よう。ひとり旅だ。

  そうして、居酒屋に入ろう。

  至福のときの、はじまり、はじまり。

先週、夜の中野の町をひとりで歩いた。中野は、僕が住んでいる阿佐ヶ谷から新宿寄り、二つ先の駅。いわば地元と言っていい。僕が大学生の時は、高田馬場、新宿、中野、高円寺あたりで遊び呆けていたし、サンプラザやブロードウェイにも何度か行っているし、娘が通っていた幼稚園が中野にあったから、毎朝送っていってた。自分とは、割となじみの深い町だと思ってた。ところが夜の中野が、あんなにディープな(楽しそうな)町だったとは!知らなかったぁ…なんて、もったいない。

最近こういうことが多い。

京都…以前、京都には親戚がいて、何度か案内されて行ったんですね。お寺さんやら祇園やらお茶屋さんやら。でもね、何を見ても、「ふーん、京都やね」ってなもんで、あまりココロ動かなかった。今から思うと、自分がまだ京都を欲していなかった。ところが、昨年何冊か小説を読んで、一気に京都にハマり、「京都って、すごい…」なんて思い始めた時、親戚は鎌倉に引っ越していて…ああ、もったいない。

神楽坂…大学生のとき2年間住んでいたんですよ。新潮社の裏のあたり。しかも、神楽坂の途中にある洋食屋さんで、アルバイトまでしてた。でもね、その後、いろいろな本で神楽坂の特集なんかを見て、風情のあるいい町だなぁって。でも、自分が住んでいたのに、神楽坂のことに何も知らないことに気づいたんです。もちろん神楽坂ならすぐ行けるから、その後、石畳の小道なんかは歩きましたよ。渋い焼き鳥屋さんにも行きました。でも、大学生のあんなに時間があった時に、神楽坂を満喫しなかったなんて…ホントもったいない。

そしてわが町、阿佐ヶ谷…これはブログにも先日書いたんですが、阿佐ヶ谷にはいい居酒屋が目白押し。居酒屋ファンに言わせると、実に羨ましい場所なんです。超有名店もあるし、玄人受けするお店も多い。でも、10年以上住んでいて、居酒屋なんてほとんど行ったことなかった。店名は書きませんが、昨日もすごい焼き鳥屋さんに行きました。うまかったぁ。

他にもこういったことが沢山あって…結局、自分側の問題なんですね。中野や京都や神楽坂や阿佐ヶ谷には何の落ち度もなくて(当たり前か)、自分側にその良さを見る目が開いていない、見る目がない、ということなんですね。『ひとりで、居酒屋の旅へ』を読んで思ったのも、まさにそういうこと。素敵な「町」も「居酒屋」も「酒」も「料理」も「旅」も、ずっと前からそこにあって、これからもそこにあり続ける。それにいつ気づき、いつ出会うかは、それこそこちら側の問題で、「気づこう」「出会おう」とすれば、素敵なことは向こうからやってくる(受け売り)。

もうすぐうちの会社が、芝浦田町から引越します。10年以上過ごしたんですから、ちゃんと田町を満喫してから(具体的には、焼肉「精香園」、中華「明輝」、餃子「大連」、沖縄料理「アダン」あたりを満喫することかな)、後で後悔しないように、引越したいものです(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月14日 (月)

「モノを書く」「モノを言う」

『根をもつこと、翼をもつこと』田口ランディ 晶文社

『人生の目的』五木寛之 幻冬舎

『恋愛の格差』村上龍 青春出版

昨年末に、阿佐ヶ谷図書館から借りた3冊。

家の大掃除を怠けて、長風呂して読みました。たまたまだけれど3冊ともに、2000年前後に書かれた本でした。つまり、今から7、8年前ぐらい前ってことです。この歳になると、わずか7、8年前って、ごくごく最近な感じがするんですが、読み進むうちに、3冊ともにちょっとした違和感を感じたんですね。バブルが崩壊して、日本社会がこの先どうなっていくのかわからない。そういった時代背景にある「暗さ」が醸し出す違和感かな、とはじめは思ったんですが、そうじゃないんですね。

何だろう、何が今と違うんだろうって考えた時、ふと思ったことは、自分が読んでいる最近の本に比べ、テーマが大きいんです。「戦争」や「人生」や「恋愛」や、3冊ともにそれぞれ言及している内容は違うのですが、モノのとらえかたが大きい、というか逆に、今基点で読むと、テーマが大きすぎて、何か雑駁な感じがしたんです。大きなテーマを世の中に問いかける、という姿勢とはすれ違うカタチで、今の僕らの感覚が変化しているから、何かボンヤリとした内容に感じてしまう。

たぶん、たった7、8年前は、「モノを書く」ということが、「社会に対してモノを言う」ことだったんですね。著者たちにも、「社会全体に対してモノを言う」姿勢が残っていた。僕たちは、こういった著名な方々が、大きな視座でモノを言うことに対して、「本を買う」意味を見出していたんです。出版マーケットも今よりずっと大きくって、「書く側」も「買う側」も、感覚が今とは全然違っていたんでしょう。

『ウェブ進化論』の梅田さんも言っていたように、ネットが出現した結果、「モノを書く」ことが、ごく一部の特別な人たちの特権でなくなって、多くの人たちに開放された。そしてそれは、ネットの中だけの話ではなくて、出版への影響も当然大きかった。たくさんの人たちが、自分の専門分野に関する、「狭いけれど深い話」をするようになった。その人たちが、「モノ言う」相手は、社会全体じゃないんですね。「狭いけれど深い話」をわかってくれる人だけでいいんです。

そして、いい悪いは別にして、僕らはそういった環境に慣れてしまった。だから、いくら著名な人の本でも、漠とした話にはノレないし、無名の人でも、自分が興味を持てる深い話ならば読みたくなる。ある意味それは、「社会全体のオタク化」が、「本を読む意味」に変化をもたらしたのかもしれない。

本とは全然関係ないけれど、最近はお酒を飲みながら、「政治」や「人生」や「恋愛」についての、獏とした話をすることって無いですよね。いまどき、獏とした話をするのは、酔っ払ったオヤジだけですね。いや、オヤジだってしないか。「人生っていうのはさぁ」なんて台詞、3流のドラマにも出てきません。でも、たまにはみんなで獏とした話も面白いかもね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月30日 (日)

『陰日向に咲く』劇団ひとり

『陰日向に咲く』劇団ひとり著 幻冬舎

強く生きられない人々にスポットを当て、なんだか上手くいかない人生を、やさしく見つめた小説です。劇団ひとりの才能を、感じました。

2007年の年間書籍ランキングを見てみると、「ケータイ小説」と「品格本」「タレント本」の年といっていいかもしれません。この『陰日向に咲く』も、フィクション部門で年間4位にランキングされていますが、3位までは「ケータイ小説」ですもんね。

ちなみに、ノンフィクション部門年間1位『ホームレス中学生』(田村裕)も、この『陰日向に咲く』も、同じタレント本でありながら社会の底辺を描いている。そんな本が売れた一年。IT社長の生き様を描いた自伝的な本が、本屋さんに山積みだった頃とは、様変わりも早いものです。

『ミシュランガイド 東京』

年末へ来て話題をさらったのは、『ミシュランガイド 東京』でした。パリの2倍近いお店が☆を獲得したのは、日本人にとってうれしい出来事でしたし、実際、世界の中で東京がいちばんおいしい都市であることは、間違いないですもんね。今、東京で生活できることを楽しまないでどーする?って感じが、ますますしています。ちなみに僕が大好きな「アロマフレスカ」は、☆を獲得した結果、当分予約が入らない状態のようです。

『有頂天家族』森見登美彦著 幻冬舎

『鴨川ホルモー』万城目学著 産業編集センター

僕の「個人的京都偏愛ブーム」に火をつけた2人。森美さんと万城目さん。どちらも京都大学出身の若い小説家で、その作品の随所に「京都」が顔を出す。読んでいるうちに、どうしても京都に行きたくなってしまい、今年は2度ほど京都に足を運びました。2冊とも、現実にはありえない完全なフィクションですが(『有頂天家族』は、タヌキと天狗と人間の戦いのお話。『鴨川ホルモー』は、身長15cmほどの鬼を闘わせるゲームのお話)、なんだか実に良くできていて、ぐいぐいお話に引き込まれました。『有頂天家族』で語られる、「面白きことは、良きことかな」という言葉は、個人的に07年の流行語大賞でした。

『構想力』谷川浩二著 角川書店

若くして天才と言われた谷川名人が、将棋を通じて得たこと、感じたことを、ビジネスや生き方にも通じる本質にまで高めて語った内容です。将棋のことをよくわからない僕でも、全然問題なく読み進められました。

07年は、新書がますます売れた年でした。書店でも、どんどん新書のスペースが広くなっている。僕も、今年は新書を読む割合がすごく増えました。ページ数や文章量で考えると、約700円という値段は高いのですが、ひとテーマをこのぐらいのボリュームで読む(長風呂して、1時間ぐらい)感じが、受け入れられているのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月29日 (月)

『新釈 走れメロス』『夜は短し歩けよ乙女』

『新釈 走れメロス』『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦著

高校2年生になる長男が、「この作家面白いから、読んでみれば」といって渡してくれたのが、森見登美彦のこの2冊。先に、『走れメロス』から読み始めたのですが、古臭い文体で描かれる、ユーモラスで不思議で濃密な世界に、週末ずっぽしハマッちゃいました。次から次へと独特の映像が浮かんでくる、まさに映画的、脚本的な小説です。誰しもが、宮崎駿監督の映像を思い浮かべるはずです。

『走れメロス』は、古典(5編)を森見流に解釈して書いたもの。お話の骨格は古典をベースにしていますが、内容は全く違うものになっている、と言っていいでしょう。5編の古典はどれも、昔読んだことがあり(教科書にも載っていた)、微妙に内容を覚えていて、自分の中に残るストーリーの断片と、著者が繰り出す解釈のインタラクションが面白かった。

『夜は短し~』のほうはラブストーリーで、最後はちょっと泣けました。ラブストーリーですからお話の骨格自体は普通だけれど、だから逆に、ディティールの面白さ、独特の世界観が際立ちます。古臭い文体とスピード感のマリアージュ(?)が、僕にはとても新鮮に感じました。

森見登美彦氏は、京都大学農学部出身で、この本以外にも数冊の作品があるけれど、ほとんど京都が舞台だそうです。これも、独特の世界観づくりに一役買っています。僕みたいに京都を知らない人間には、何か奥深い場所(地名がいちいち難しい)、という印象を与えます。明日から関西出張なので、京都に寄れたらいいなと。最新作の『有頂天家族』も購入したので、新幹線で読もうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 7日 (日)

『20世紀少年/21世紀少年』

『20世紀少年/21世紀少年』浦沢直樹 小学館

(まだ読んでいない方は、ネタバレ注意!!)

『20世紀少年』が完結しました。ビッくコミックスピリッツでは、今年7月に最終回が掲載されたのですが、僕は単行本で読んでいるので、この10月に出た『21世紀少年/下』巻で終了となりました。最後まで読んでの感想。「カツマタ君って、誰?」ふくべぇが死んだ後の「ともだち」がカツマタ君?…僕がカツマタ君を思い出せないのは、物語を深く読み込んでいないせいかもなぁと思い、1巻からまた読み始めたのですが、カツマタ君なんてほんの少ししか出てこない。さすがの浦沢直樹も、ストーリーに張り巡らした伏線に、なんの決着もつけられないまま最終回を迎えたのかな、と思っていたところ、こんなブログを見つけて自分的にはすごく納得がいきました。

僕も42歳の時に、20数年ぶりに故郷で開かれた同窓会に参加して、「あのひとは誰?」という人が何人もいました。名前までは覚えていないけれど、記憶の奥底に薄っすらと残っている存在。20数年間一度も思い返すことなく、でもその当時は「ともだち」だった人。いや、「ともだちのともだち」ぐらいの存在だったのかも。でもその人は、当時の自分のことを鮮明に覚えていたりして…誰かにとって些細なことでも、誰かにとっては重大なこと…人はそれぞれを生きているから、その人が生きる時間はその人に中にしかない。でも人は弱いから、同じ時間を共有しているような思い込みが、生きることを難しくしたり、逆に楽しくしたりする。『20世紀少年』は、子供の頃に描いた世界征服の物語が現実になっていく、という荒唐無稽な世界の向こうに、そういう生きていくことの本質が描かれているのです。

『20世紀少年』の主人公ケンジは1959年生まれで、僕よりも3つ年上です。だから、ほぼ自分の記憶とシンクロしてるから共感できるよ…というのも実は単なる思い込みなんだけど…何はともかく、8年間の連載お疲れ様でした。本当の本物の名作だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月29日 (土)

『働きマン』

『働きマン』安野モヨコ モーニングKC講談社

「コミックモーニング」で、2004年から連載されている人気漫画です。過去にはアニメ化されたこともあるようです。10月10日からは日本テレビで、ドラマがスタートします(菅野美穂主演)。29歳の女性編集者と、彼女を取り巻く「働く人たちの群像漫画」です。漫画では、「昔も今も働きマン」「逃げマン」「こだわりマン」「働かないマン」「おやじマン」など、毎回主人公が違います。だから、働いている人なら、誰が読んでも共感できます。僕は、チームの女性コピーライターから「泣けるんですぅ」と薦められて、読み始めました。確かに泣けるのですが、きっと彼女が泣ける部分と、僕が泣ける部分は明らかに違うはずです。女性コピーライターは、挫折しながらも仕事に立ち向かっていく主人公の姿や、彼氏とのやりとりなんかで、ウルッとくるのでしょう。僕は40歳近いデスクの様子や、編集長の様子、同期同士で励ましあって働く姿あたりで、ウルッときます。「どんなカタチであれ、働くことは美しい」という、美しすぎるテーマがそこにはあります。毎日毎日、遅くまで働く自分たちのことが素敵に思えてくる、そんな前向きな漫画です。(1巻~4巻まで)

| | コメント (2) | トラックバック (4)

2007年7月15日 (日)

『クライマーズ・ハイ』

『クライマーズ・ハイ』横山秀夫著 文春文庫

すばらしい小説です。2004年の本屋さん大賞の2位、著者の横山氏が、直木賞と決別宣言をしていなければ、その年の直木賞の最有力候補だったと言われている作品です。1985年に起きた日航機墜落事故と、同僚や部下の事故、地方新聞社の社内抗争、自分の生い立ちや家庭問題など様々な出来事が、40歳になるデスクの目を通じて描かれます。NHKでドラマ化されたり、もはや名作と呼ばれる本なので、内容に関しては書きませんが、ちょっと別の視点でひとこと。僕はちょうど、日航機事故のあった1985年に今の会社に入ったので、その当時の空気をリアルに覚えているのですが、この本の中に度々出てくる「デスクと局長が胸ぐらを掴みあう」みたいなシーンが、僕が入った会社の中にもたくさんあったように思います。もちろん、この小説の舞台となっている新聞社と、広告会社では熱さの質が違うのですが、会社を含んだ社会全体に、ある種の「熱」があった(残っていた)ことだけは確かです。それは、人や組織や社会が、まだまだ「幼稚」で、「バカ」だったせいかもしれません。世の中がどう変化していくのかわからない中で、個人個人は自分なりの方法で、仕事というものに向かい合っていた。だから、いろいろな場所で軋轢が生まれ、「胸ぐらをつかむ」状況が発生した。この後バブル、長い不況、成果主義、ITバブル…日本社会も個人も、こういったいろいろを経験しながら、「賢く」成長していった。しかし、大人になる過程で、失ったものも多いのではないか。「幼稚」や「バカ」が全面的にいい、というわけではないが、仕事も高度に分業化され、責任や役割がシステム化される中で、『クライマーズ・ハイ』で描かれているような、こういった「熱」に出会うことがないとすれば、それは悲しいことのように思う。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年7月10日 (火)

『ハイ・コンセプト』(再読)

『ハイ・コンセプト』ダニエルピンク著 大前研一訳 三笠書房

ちょうど一年前(2006年7月16日)に、この本を読んだ感想を書いています。僕のブログは、広告会社や広告クリエイティブについて、若干ネガっぽい記事が多いわけですが、『ハイコンセプト』で書かれていたのは、例えば広告会社にいるような、「新しいことを考える人の時代」だ、ということで、昨年のこの日ばかりは、やや楽観的なコメントを書いています。じゃあ一年たって、本当に広告会社は「新しいことを考える人」だらけになっているかというと、それほどまでじゃない。広告会社の未来について、やや危機感をもって捉える人が増えたかな、という程度。能力の高い、クリエイティブな発想を持つ人たちが多くいる会社なのに、その才能をどこへ向ければいいのか、まだまだはっきりしていない感じです。「デザイン力」「物語創造力」「調和力」「共感力」「遊び心」「生きがい」ダニエルピンクが提示する、「未来に向けて必要な力」は6つ。そのどれもが、全く反論の余地のないものだし、しかも、ウチの社員たちはそういった力を少なからず持っているわけで、あとは、どう具体的なカタチにしていくか、ですかね。

うちのチーム員は全員必読。前半「左脳」と「右脳」のお話が続きますが、めげずに読み進みましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年7月 4日 (水)

ビジネスのココロとカタチ

『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する』島田紳助 幻冬舎新書

紳助ってすごい。『行列のできる法律相談所』の突っ込みなんて、もはや神業だぁ、と思っていたら、彼はビジネスの世界でもすごいらしい。25歳でサイドビジネスをはじめてから、一度も失敗をしたことがないという。アイディアあふれる飲食店を何十店舗も経営し、すべて成功させているのだ。コツは?と聞かれ、「漫才のネタを考えたり、番組を作ったりするときと発想は変わらない。いかにして人を楽しませるか、どうすれば人が喜ぶかを、いつも自然に考えている」と。ビジネスをすることの、ココロの部分に言及した好書。

『「へんな会社」のつくり方』近藤淳也 翔泳社

「はてな」は、「へんな」会社である。オフィスも、会議も、発想法も、通勤も、ボーナスも、人材募集も…ちょっと「へんな」会社。「50%の完成度で、サービスをリリースし」、「ユーザーと一緒にサービスを開発する」ちょっと「へんな」会社。でもそれは、(何かを変えよう)と試行錯誤しているから、「へんな」会社に見えるだけで、(何かを変えよう)としない「普通の会社」よりは、ずっといい。「変な会社」は困るけど、「へんな会社」は好きになれる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年6月 7日 (木)

『戦国時代の大誤解』

『戦国時代の大誤解』鈴木真哉 PHP新書

凸「川中島の一騎打ち」は、一騎打ちでなかった?凸「長篠の戦い」の信長の鉄砲隊は、3列ではなかった?凸信長の鉄船は無かった?凸戦国時代の馬はみなポニーだった?凸山本勘助は、名も無き雑卒にすぎなかった?凸凸凸凸「戦国時代の常識」とされているお話が、実は後世のいい加減な作り話である場合が多く、真実とは程遠いのである、という本です。やっぱそうか、そうだよな、と思った一方で、自分が小さい頃から親しんできたお話なので、たとえそれが真実でなかったとしても、そっとしておいてください、信玄と謙信は一騎打ちしたのですっ凸凸、という気持ちにもなりました凸凸凸凸凸凸凸凸凸凸凸凸凸凸。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 4日 (月)

『YouTube革命』

『YouTube革命(テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスのゆくえ)』神田敏晶 ソフトバンク新書

昨年、『Web2.0でビジネスが変わる』でヒットを飛ばした、ビデオジャーナリストの神田敏晶氏の著書。昨年も、このブログで紹介させてもらいましたが、神田氏本人が、こういったネット系のサービスを使いまくっているから、頭で理解して書いている評論家とは説得力が違う。本人が出演しているMXテレビの「Blog TV」という生放送番組を、まるごとYouTubeなどの動画共有サイトにアップしているらしい。YouTubeで始まった、動画の新しい世界について、分かりやすく解説しています。『YouTube革命』は昨年12月の初版ですから、事例はやや古くなっちゃいましたが、自分たちに近いお話が満載です。今後テレビ放送はどうなっていくのか?動画共有サイトのビジネスモデルは?CMはどうなる?著作権の問題は?広告会社、特にCMプラナーのみなさん、CM制作プロダクションのみなさん、是非読んで欲しいです。うちのチーム員は必読。ちなみに、話題の「BEER CANNON」貼ってみました↓

↑全画面表示されていないのは、何故?右側が見切れているのは何故?

↑直りました。justhさんありがとう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年5月25日 (金)

『感じるマネジメント』

『感じるマネージメント』リクルートHCソリューショングループ 英治出版

著者のHCソリューショングループっていうのは、リクルートの戦略人事コンサルティング部門のことらしいです。海外拠点世界30カ国、社員数10万人を超えたデンソーが、会社の理念を浸透させようと、このリクルートHCとおこなった活動について語られています。「会社の理念を浸透させる」ということでは、よくトップが全社員の前で「バリュ-2007」みたいな派手なプレゼンテーションをおこなったり、理念説明ツールを配ったり、管理職のワークショップをしたり、というケースがほとんどだと思います。しかし「カタチ」や「仕組み」だけでは、理念の共有化なんてできない。会社側の価値観を一方的に押し付けるだけでは、社員の気持ちは動かない。全社員が、会社のあり方を自分ごととしてとらえ、考え、語り、行動するプロセスを踏まないといけないし、その自発性を引き起こすための「感じるマネージメント」が必要、ということなんですね。

いろいろ勉強になるお話が多かったのですが、中でも、HCソリューショングループの人たちが、理念浸透の参考にと、聖イグナチオ教会を訪れ、そこで紹介された上智大学神学部の山岡三治学部長から伺ったお話が興味深かった。

「<布教>という時代は終わりました」

「上から下へ、相手の持っていないものを授けてやるのだ、という考え方はもはや通用しません。いや、もともと機能しないのです。そういうやり方は、西洋の科学技術が最先端を行っていた一時期に、力のない伝道者が安易に技術の威光を借りて行っていた方法にすぎません」「教えるのではなく、共に学ぶのです」「相手の心の中にある宝物を相手と一緒に見つけながら、共に豊かになること。伝道者の役割とは、そういうことです」

そもそもこの本は、社内コミュニケーションについて語ったマネジメント本。しかし今、広告コミュニケーションについて語られていることも、規模や目的の違いこそあれ、まさにこの教授の言葉どおりだと思いました。人々がネットワークという新しい能力を身につけたことで起きた、情報の民主化。授けたり、教えたりするのではなく、共有し、対話する感覚。「広告=布教」という時代は幕を閉じ、新しいフェーズに入っている。もはや、「広告」という言葉自体が、違っているのかもしれないと思いました。

PS:以前一緒に仕事をさせていただいたクライアントの方から、メールをいただいた。今はアメリカで仕事をしている、某ゲームソフト会社の方。あるソフトを一緒に担当して、いろいろあって、ものすごーーーーく大変だったけれど、結果的にそのソフトは超大ヒットして、おいしいお酒を一緒に飲んだ、いわば戦友ですね。たまたま偶然に、このブログを読んでくれたらしい。アメリカでこのブログを読んでもらっている=今、僕が感じたり、考えていることが、同時にその方にも伝わっていることに、なにか不思議な感じもしたんですが、そこが2.0。お元気ですか。日本に帰ることがあったら、連絡くださいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 9日 (水)

『花王「百年・愚直」のものづくり』

『花王「百年・愚直」のものづくり』高井尚之 日経ビジネス文庫

花王という企業の歴史や、ものづくりに関する考え方を書いた本です。世の中の変化に対応し、自己が変化していくことを怖れない会社。変化、進化こそが、企業としてのダイナミズムを生み出していく。そのためには、生活者に目を向け、世の中の声を聞くことこそ、成功の秘訣であることをDNAで知っている会社。過去に出来上がった「文化」を売り物にするのではなく、未来に開かれた「文明」を売り物にする会社。数々の失敗もあったけれど、それを乗り越えることで、新しいエネルギーを生み出してきた……この会社は強い。

40代女性向けの、新しいシャンプー「Segreta」が出ました。僕が担当しているわけではないので悔しいのですが(笑、大ヒットしているようです。「大人の艶髪」。40代へターゲットフォーカスした大胆さが、他の世代も引っ張る力になっているのでしょう。花王がまたひとつ、新しい扉を開いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月30日 (月)

『島国根性 大陸根性 半島根性』

『島国根性 大陸根性 半島根性』金文学 青春出版社

昨年、出張で始めて中国(北京)に行った時、ぶらりと天安門に行ってみた。僕はイメージ的には、休日に皇居を訪れる気分(人もまばらで、のんびりムード)で向かったのだが、土曜日の昼ごろだったけれど、そこには、想像とはまったく違う光景が展開されていた。むちゃくちゃ人が多いのである。僕は40数年間生きてきて、人の数で恐怖を感じたことはなかったが、この時ばかりは、「ヤバイな」と思った。しかもこの日の天安門は、デモがおきているわけでもなんでもなく、ただの昼下がりの観光地なのに、である。観光客が多すぎて、恐怖を感じるなんて笑い話のようだが、その時僕は笑えなかった。とっさに、どこでタクシーが拾えるか?ホテルへ向かう地下鉄はどこ?と、身の安全を第一に考えた。その瞬間にふと、なぜ中国が共産主義に走ったかが、分かったように思えた。

『島国根性 大陸根性 半島根性』を読んでいたら、天安門のことが思い出された。しかも、(第1章61ページ「何故中国は、共産主義でまとまったのか」)、を読むと、僕が感じた「人がいっぱい→共産主義」は、わりと正しかったようだ。「内部では、多民族、多人種の統合が必要とされる。それをまとめるには、つねに理念、イデオロギーが必要不可欠であった。そのため、中国では古来から儒教や道教がまとめるための理念の役割をしてきた…だから、中国は、共産主義…マルクス・レーニン主義、毛沢東思想というイデオロギーでまとまった」何か途方もなく大きなルールがないと、国として崩壊してしまうということなんですね。

この本は、日本、中国、韓国の東北アジアの3ヶ国が、同じ漢字をベースにした文化を持ちながら、何故仲良くできないのか?を、中国で生まれた韓国系3世で、後に日本の大学で教鞭をとる著者が、それぞれの国民性や文化、歴史の違いを、事例を挙げて(楽しく?)解説してくれています。各単元が短く書かれていて、読みやすい。「3ヶ国のケンカが今、面白いわけ」「理解を妨げる二つの錯覚」「中国人が日本人を意外と知らない理由」「清流性格と濁流性格」「中韓が日本の神を理解できない理由」「十と中の文字に隠された思想」「ジョークに中の日本人、中国人、韓国人」「何故日本人はせっかちで、中国人はルーズなのか」「もうひとつの中国を形成する裏の社会」…門外漢の僕でも興味を持てる内容になっています。おすすめ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月29日 (日)

『鈍感力』

『鈍感力』渡辺淳一 集英社

大ベストセラーですね。朝日新聞のブックランキングでも、ずーっと1位をキープしていますね。僕は3月にロケでハワイに行った時、成田空港で買いました。ハワイでの撮影の待ち時間、ほんの30分ほどで読んじゃいました。そのぐらい読みやすい本です。主張しているポイントは、たったひとつ。敏感であると生きにくい時代に、身につけるべきは「鈍感力」だ、と。いろいろなケースを紹介しながら、分かりやすく語っています。でも僕は、いまいち説得力を感じませんでした。僕がもともと「鈍感」で、むしろもうすこし「敏感力」を持ったほうがいいタイプだったからかもしれません。もしくは、「世界を代表する鈍感な島、ハワイ」で、読んだせいかも。だけど、いつも思うのですが、渡辺淳一さんの「ベストセラー力」には、ホント恐れ入ります。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年4月22日 (日)

『20代会社員の疑問 いま、働くこと』

『20代会社員の疑問 いま、働くこと』山本直人 PHP

いろいろお世話になっている山本直人さんが、昨年出された著書です。入社して間もない20代社員が、仕事とは何か?会社とは何か?自分とは何か?について考える、いいきっかけを与えてくれる本です。人材開発のキャリアをいかして、20代若手社員たちからの疑問に答える形で、書き進められています。仕事や会社で、何か悩みがある若手社員には、是非お勧めしたい。人材の流動化はどの業界でも進んでいて、広告業界でも特にIT関係やメディア、クリエイティブを中心に、人の移動が絶え間なくおこなわれています。この流れを止めることは、もう誰にもできない。留まるか、出るか。そういった事で悩んでいる若手ではない方たちにも、読んで欲しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『ウェブ仮想社会「セカンドライフ」』

『ウェブ仮想社会「セカンドライフ」』浅枝大志著 アスキー新書

最近なにかと話題の、「セカンドライフ」を紹介した本です。あちらこちらで、「セカンドライフ研究」なども盛んにおこなわれており、日本で今後どんな展開をみせていくのか、熱く議論されていますね。「知らない」という方のために、簡単に「セカンドライフ」の紹介をしますと、セカンドライフはリンデンラボ社が提供している、ユーザー参加によるネット上の3D仮想空間のことで、バーチャルに土地を買ったり、会社つくったり、商売をはじめちゃったりできる。アバターと呼ばれる自分のキャラクターを動かし、自分がしたいことをなんでもできる「自己実現スペース」なんですね。SNS的なコミュニケーションも当然できて、べつに商売しなくたって、空間をウロウロするだけでもいい。なんかの目的のために(モンスターを倒すとか)キャラクターを動かすゲームではなくって、ある意味、現実とつながっている世界である、と。商売で儲かったお金(リンデンドル)が、リアルなお金(アメリカドル)と交換できたり(3月13日現在、1アメリカドル=186リンデンドルのレート)、実際の企業がセカンドライフ内でいろいろなプロモーションをしたりとか、「無限の可能性を秘めてネット上に広がる、新・経済圏である」と。著者は、セカンドライフをはじめとする、バーチャルワールドのサービス企画開発企業を立ち上げた人で、1983年生まれっていうと……24歳ですかね…わ、若い(笑)!「セカンドライフを知った瞬間、私には次代のインターネットの世界がありありと見え」「存在を知ってから、わずか3ヶ月のスピード起業ですが2006年11月に株式会社メルティングドッツを立ち上げることになりました」とな。

アフィリエイトはじめてみました。「こづかいかせぎ」というよりも、どういった感覚なのかを知りたくて。誰か、僕のブログからアマゾン行って、一冊買ってみてくださいな。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年3月21日 (水)

『プロフェッショナルアイディア。』

『プロフェッショナルアイディア。』小沢正光著 インプレスジャパン

昨日から、ちょっと風邪気味で軽く咳がでる。来週から大切なロケがあるので、風邪を本格化させないようにしないといけないぞ…などと、つらつらしながら、読みました…『プロフェッショナルアイディア。』。弊社の小沢正光執行役員の本でございます。背筋がピシッとしますね。僕はまだ一度も仕事したことないのですが、小沢さんといえば、仕事に臨む態度が厳しいことが有名。例えば本書の中でも、「企画は、3回3ラウンド」。つまり、企画は何度もひっくり返して、3回目に出る企画にこそ、いいものがあるのだ、と。例えば「議事録」。オリエンや得意先との打ち合わせの発言を、すべて議事録としてメモる。要点をまとめたメモでなく、(笑)なども含め、一字一句議事録にせよ、とか……でもね、厳しさを感じる記述はそのぐらいで、他の項目は、小沢さんがいかに仕事とアイディアフルに向き合っていたか、が書かれています。広告はアイディアを売り物にする仕事。だからこそ、仕事のやり方自体にアイディアがあるべきだ、アイディアをもって、自分なりの、新しいワークスタイルをつくりなさい、という小沢さんのメッセージなのでしょう。

ps:ブックファースト渋谷店、ビジネス書ランキングで2/26-3/4週で、初登場第3位。3/5-3/11週第8位。3/12-3/18週第9位なんですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月17日 (土)

長風呂して2冊 パート2

1月7日に「長風呂して2冊」というエントリーをあげてから、2ヶ月あまり更新せずにいたところ、「開くと、長風呂して2冊のままだし!!」というお叱りを受け(RSS使っていない?!)、ブログのほう再開しました。新妻くーん、再開しましたよー。パリは寒いですか?こちらは3月に入ってから、ちょっと寒いです。長風呂して、前に買ってあって、放置していた2冊を。

『2010年の広告会社』植田正也 日新報道社

『2005年の広告会社』の続編ですね。こちらを読んだのは2002年ごろだったでしょうか?詳しくは忘れてしまったのですが、現場にいる人間からするとよく知らないことだらけで、「広告会社ヤバくね?」みたいなことを、同僚と言い合った記憶があります。それから5年後の出版が、この『2010年』。冒頭から、「10年後広告会社の80%が消滅する」と刺激的なことを書いておられます。もちろん、広告業界が「このまま現状を放置して推移すれば」、という前置きあっての話ですが。植田さんは80%という言葉が好きらしく、『2010年』の中で、「2000年に『宣伝会議』の中で、アドマンの80%は、今後5年で使いものにならなくなる」と書いた、と。「いま、その5年後の2006年だ。実際どうか。予測通り80%のアドマンが、いま実際に通用しなくなっている。相変わらず存在しているが、使いものにならなくなっていることは、一目瞭然のはずだ。」と書かれておられます。うーむ…確かに、広告業界が大きく変化している中で、意識変革している人間と、そうじゃない人間がいて、そうじゃない人間は依然能天気なことを言っているのでしょうが、さすがに80%が使いものにならなくなっている感じはないですけどね。気づいてる人間、さすがにもう少しいると思いますけど…でも、広告業界が置かれている状況を、危機意識をもって&俯瞰的に眺めるには、格好の本だと思います。僕らが、どういった業界にいて、今後どのようなことに対処していかなければいけないか、を気づかせてくれる。80%のほうの人間にならないように、目の前の仕事だけじゃなく、引いた目線も持つようにしたいですしね。

『若者はなぜ3年で辞めるのか?』城繁幸 光文社新書

『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』の著者ですね。『富士通』のほうは、読んでないのですが、あれほど祭り上げられた「成果主義」が、あまり語られなくなった、そんなタイミングで出た本だったような気がします(山本くん違ったっけ?)。『若者はなぜ3年で辞めるのか?』で面白かったのは、92、3年を境目にして、入ってくる学生の質が急激に向上した、ということ。質といっても、人間の本質的な質ではなくて、就職状況が超氷河期にはいり、就職対策のために専門的知識を身につけた学生が増えた、と。そうすると、会社に入る前から、会社でやりたいことがハッキリしていて、でもいざ入ると、なかなかやりたい仕事をやらせてもらえない→辞める、と。それと、92、3年入社を境にして、その前に入ったバブル組をはじめとする先輩社員達が、意外と何も考えてないことに気づき(笑)、失望→辞める、と。サラリーマンでバリバリ頑張れば、年功序列で将来楽できると思ったらポストは少なくて、急に成果主義だぁと言われ、じゃあ成果主義で頑張れば、いっぱいお金が稼げるのか、と思ったら、日本の場合中途半端な成果主義で、報酬も少ない希望も持てない、で辞める、と(どこかの会社の話じゃないですよ、日本全体のお話ですからね)…長風呂もいいのだけれど、さすがにノボせちゃって、『3年』は全部読んでないのだけれど、辞める理由はまだまだたくさんあるわけです。広告業界の人材流動に関しても書きたいのですが、いろいろあるので、今日はやめておきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月11日 (日)

『広告会社は変われるか』

ブログ再開します。仕事も少し落ち着いてきたし、いろいろあったけど、再開します。

『広告会社は変われるか』藤原治 ダイヤモンド社

昨年12月まで電通総研社長で、常務執行役員だった藤原氏が「ネットとメディアの融合の先に存在する世界が…10年先の企業の変貌や消費者の変貌…広告や広告会社の革新も…その鳥瞰された未来図は、革新的変化を伴うため、広告会社にとっては決して快いものではなかった…なにしろ過去営々と築いてきたビジネススキームが崩れるかもしれない…現場に混乱を招くと彼は言う…そろそろ肩書き人生を終わりにしよう…電通の禄を食みながらは出せない…役員定年を数年残して社長に辞表を提出し…」そして出版したのが本書である。36年にわたって勤め上げた会社と、藤原氏との間に何があったかを知ることは出来ないが、会社に対して何か強く言いたいことがあったことは推測できる。本のタイトルが「変われるか」であるのは、示唆的である。電通や広告業界の歴史から、海外のエージェンシーとの違い、メディア、広告主、消費者の変化、広告会社の経営者論など…内容は多岐に渡るが、すべては2011年のネットとメディアの融合によって、広告業界に訪れるターニングポイントに焦点を絞って語っています。いや、ものすごく勉強になりました。世の中ではいろいろ言われていますが、ヤバイなという感覚はあっても、自分らの問題としてとらえられないところがあった。でも本書は、電通のことが中心とは言え、同じ総合広告会社の人間として、危機感を共有できた。うちの会社でも、危機感を共有できさえすれば、解決策はきっとみつかるはず…とりあえず、うちのチーム員は全員読むように。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年1月 7日 (日)

長風呂して2冊

ゆっくりしたお正月も、あと少しで終わる。明日は、ちょっとした企画書を書かなくちゃいけないし、長風呂して本を読めるのも、今日まで、ってことで、2冊。

『アメーバ経営』 稲盛和夫著 日本経済新聞社

日本を代表する経営者稲盛和夫氏が、会社経営について語った本。ご存知のとおり、稲盛氏は、京セラやKDDIの創設者であり、京都パープルサンガのオーナーでもありますね。氏が言う「アメーバ経営」とは、会社の組織を最小単位に分割し、それぞれの組織が利益を上げるよう、各アメーバに経営判断を任せるという、今で言う、事業部制に近いカタチを、昭和60年代から始めていたらしい。きっかけは、当時燃え盛っていた労使紛争。使う側、使われる側、という線引きが嫌で、社員全員で会社を大きくしたい、という思いからこの「アメーバ経営」を考え出したという。いまでこそ、事業部制なんてあたりまえだけど、昭和60年代なんて、すべて「労使」という概念で語られていた時代だから、この自立組織「アメーバ経営」は、相当ぶっ飛んだ考え方だったに違いない。「アメーバ経営」の結果、組織が自発的に利益を上げるようになった、若くて優秀な経営者が生まれてきた、社員全員のモチベーションが高まった、という。驚いたのは、そのアメーバがどんなにいい成果を出しても、短期的な報酬は出さなかったという点。成果主義を否定してるんですね。普通、事業部制でもなんでも、成果に対する責任と報酬はセットだと、僕なんかは思うんですが、稲盛氏はそうじゃない、と。「成果主義を採用すれば、当初は(頑張ればボーナスが増える)と組織が活性化するように見えても、数年も経たないうちに、恨みや妬みによる人心の荒廃をまねいてしまうでろう」と書いています。ライブドア事件あたりまであった、「成果主義こそすべて」のような風潮に対する名経営者の意見は、貴重です。

『新しい教科書6 広告』 監修天野祐吉 

広告の歴史、広告の仕組み、広告をつくる人たち、メディアの紹介、のような章立てになっています。教科書ですから、基本的なことが書かれています。さすがに、僕も広告業界に20数年いますから、「知らんかったぁ」ということは少ないけれど、じっくり読むと、今業界で活躍している人たちの、気分がわかります。それにしても、この本に登場するほとんどの人が、うちの会社を辞めた人達。むむむ。あ、こないだ、あるコピーライターの送別会で、「うちを辞めた人たちは、みんな成功しています。○○くんもきっと成功するでしょうが、あんまり派手に成功すると、若者がみんな会社を辞めちゃうんで、○○くんには、あまり成功してほしくないです」と挨拶したところ、会場全体にヒヤッとした空気が流れました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月11日 (月)

『アイディア会議』

『アイディア会議』加藤昌治 大和書房

著者プロフィールに、「大手広告会社勤務」と。『考具』を書いた人。なんでだろう?D社のヒトだと思い込んで、読み進んだ。「そーかそーか、D社はこんな感じで企画会議してるわけね。ウチとあんまし変わんないなー」って。でもナンカおかしいな、と思って調べてみたら、弊社社員でございました。しかも、知ってるよ、加藤さん。よかったー、ちゃんと調べて。あやうく悪口書くとこだった…なんて嘘ですよ。非常にためになりました。考えてみれば、僕は会社入って20数年間、ひたすら毎日「アイディア会議」をし続けてきたわけですが、あまりにも日常すぎて、「アイディア会議」っていう意識すらしたことない。意識したことすらないから、「会議の効率」を考えたこともない。ひたすら、ダラダラやってしまう。いけないね。この本読んで、反省しました。時間通りに集まって、きっちり時間内に終わるぞ。さらに、本書にあるように、「広げる」フェーズと「まとめる」フェーズを意識してやることで、参加する人たちのアイディアを最大化できる、と。うむむ、ごめんよ、いままで僕はきっと、「広げる」フェーズで落としたり、「まとめる」フェーズで広げたり、どれだけ可能性のある企画を葬ってきたことか。ココロ入れ替えてやります。あ、我がチームのみなさん。例の火曜日3時出しの企画、広げるフェーズですからね。1人100案ぐらい出してね。広げて、広げて。

本の中で、すごくためになった箇所。「アイディア会議」では、話し合ってはいけない!?ってところ。ちょっと長いですが引用しますね。「心理学的にどう説明できるかは分からないのですが、私たちは、発言自体と、その発言した人を分けて考えることが、苦手です。(中略)自分自身が否定されたように感じてしまうのです。(中略)いつに間にか発言者の評価にすり替わってしまうんですね。(中略)発言と発言者を混同してしまう=真摯に向き合ってしまうと、アイディア会議はうまくいかない、という不思議な現象が起きるのです。」だから、発言を紙にまとめて、発言者と物理的に切り離したほうが、会議はうまくいく、とか、面と向かって座らないで、全員が同一方向を向いて会議するなど、具体的な解決方法を示してくれています。誰が出そうが、いいアイディアはいいアイディアなんですもんね。あ、営業も火曜日3時まで1人100案ね。広げて、広げて。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月27日 (月)

『「関係の空気」「場の空気」』

『「関係の空気」「場の空気」』冷泉彰彦 講談社現代新書

「なぜ上司と部下は話が通じないのか」という帯文に誘われて買った。断っておくが、僕が会社での部下とのコミュニケーションに困り、「この本読んで、関係改善!!」と思ったわけではない。むしろ、良好な関係をつくっていると言える(と一方的に思っているだけかもしれないが)。

本の内容としては、人間関係や社会には、ある「空気」が存在していて、ある「空気」のもと、人々はコミュニケーションしている、というもの。日本人の場合、外国人以上に、ある「空気」を共有していて(むかしから「阿吽の呼吸」と言われるけれど、それですね)、「みなまで言うな」という、「わかりあっている」ことが前提のコミュニケーションの中で、生きてきたわけですね。その「空気」が局所的に無くなったり(共感する部分がなにもない関係)、「空気」がすべてを決定する(ホリエモン事件なんか)事態が増えている、と言う。

ここまで書いて…

最近、サッカーと本のことだけ書いている。たぶん、読んでくれている人もあんまり面白くないのではないか。「広告深夜族」なのであるからして、もっと「広告」のことをバシバシ書いてくれよーって感じなのではないか。まぁ、いろいろあって調子狂っちゃって、なんとなくサッカーと本のことだけ書いていたのだけれど、それだと僕自身もあんまし面白くないので、以前のように、毎回「広告の話」をしようかな、と思う。

「la chasse」六本木 フレンチジビエ

「広告の話」とか言っているそばから、お店の話。今仲間のあいだで流行っている店が↑この店。基本的にはフレンチなのですが、この店が本領を発揮するのが、まさに今!!ジビエの季節なんですね。シェフ自ら山へ獲物を撃ちに出掛けていって、いのししや山鳩、鹿なんかを撃ちまくってくる。鮮度もいいし、なによりジビエ好きのシェフの腕がばっちりなので、うまいわけです。フレンチも今は、あっさり系の味付けが多い中、この店はしっかりした塩加減で、ガッツりとした料理を食べさせてくれます。だから、赤ワインが進みます。さとなおさんもご推薦のお店です。しかも、深夜族にはありがたい深夜営業してる。猟に出かける前日は、早仕舞いすることもありますから、電話確認してください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月20日 (月)

『タブーの世界地図帳』『中国100の悪行』

木、金、土曜日の3日間、会社の研修。朝早くから、講義を聞く。普段全然使わない部分の脳みそを使うので、非常に疲れる。でも、すっかりオヤジになった同期と会えたりして、ちょっと楽しい。土曜日は、研修が終わってから、会社で打ち合わせを2発。帰り道、西麻布でインドカレーを食って帰る。深夜3時ごろ帰宅。フラフラ。

『タブーの世界地図帳』世界の「裏側」、世界の「なぜ」を知る! 日本文芸社

この本のタイトル『タブーの世界地図帳』って、どうなんですか?意味わかりませんよね。内容が想像できませんよね。面白がって買った僕も僕ですが、「タブー」と銘打つほどの内容ではなく、北朝鮮をめぐる出来事や、中東やイラン、イラクなどの紛争やテロ、軍事問題、国際化するマフィア、グローバルビジネス、食糧危機、環境問題などの国際的な問題ついて、データなんかを交えて、わりと冷静に解説している本です。「タブー」なんていうことじゃなくて、普通に言えば、「今話題の国際問題を解説」した本です。新聞の国際面で騒がれている記事の背景を、理解するにはもってこいの本ですね。でもこの本の凄いところはタイトルだけじゃない。全部で180ページちょっとあるうち、107ページ以降が地図なんです( ゚д゚ )。まぁ、確かに『タブーの世界地図帳』どおりなんですが…(笑)。でもね、僕はこの本を持って、午後3時ぐらいから風呂に入ったのですが、風呂からあがったのが6時。3時間もこの本に釘づけにされたのです。50項目近い国際問題について、事細かく読んでいくと、まぁそのぐらいはかかる。しかも、地図ページもしっかり見ちゃった。世界地図を見ることなんかめったにないから、楽しかったし、言ってみれば、まんまとこの本の狙いにハマッタわけですね。でも、アメリカってひどい国ですね。自分さえ良ければいいと思っているのではないか、と感じる「世界地図帳」でした。

『中国100の悪行』晋遊舎MOOK

こちらは、中国ってひどい国ですね、を書いた本。悪化する日中関係を背景に、それこそタブーに迫る内容の本です。「地図帳」を読むのに意外と時間がかかり(笑)、こちらはまだちゃんと読めていないので、詳しい内容は来週書きますが、「これが最凶国家中国の正体だ!」の帯文にあるように、中国という国に対して、相当批判的なことを書いています。ヒットした『マンガ嫌韓流』の中国版ですね。出版社も同じ。内容的に、中国からかなり抗議をうけるのではないか、と思われますが、それも「話題性」ってことで、織り込み済みなんでしょうか。

何故か国際関連本と触れた週末でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月12日 (日)

『感動をつくれますか?』

『感動をつくれますか?』久石譲 角川新書

宮崎駿監督や北野武監督の映画音楽、サントリー伊右衛門のCMソングなど作っている作曲家、久石譲氏が「ものをつくること」について書いた本です。作曲家と聞くと、音楽の素養の全くない僕からすると、昔のクラシック音楽の作曲家のイメージが強くて、すぐ「天才」という言葉を想起してしまうのですが、この本を読んで感じる久石譲さんの人物像は、天才型というより、努力家、論理的な方のように見受けられます。あるラジオ番組中に、養老孟司先生から「音楽家の人は、論理的思考をする人が多いんだけれど、久石さんはほんとまともだねぇ」って言われたというエピソードも、紹介しています。音楽を作るうえで、人はよく「感性」という言葉を使うけれど、実際「感性」とはなんなのか?と。ちょっと長いですが引用。「作家として、いつも自分で新しい発想をして、自分の力で創作しているという意識でやっている。しかし、実際には、僕が作る曲は、僕の過去の経験、知識、今までに出会い聴いてきた音楽、作曲家としてやってくることで手に入った方法、考えたこと、それらの蓄積などが基になって生まれてくるものだ。さまざまな形で自分の中に培われてきたものがあるからこそ、今のような創作活動ができるわけだ。(中略)作曲には、論理的な思考と、感覚的なひらめきを要する。論理的な思考の基になるものが、自分の中にある知識や経験などの集積だ。何を学び、何を体験して自分の血肉としてきたかが、論理性の根本になる。感性の95%ぐらいは、実はこれなのではないだろうか。(中略)自分の勉強不足を感じて、もっといろんなことを見たり聴いたり吸収して経験知を蓄えなければいけない、と痛感しているときにはそちらの比重が増して、99%くらいは蓄積がものをいうんじゃないか、と思う」と語っています。久石さんですら、こうなのですから、僕らは彼の何倍も勉強し、経験を深めないといけないわけなんですが、なかなかねぇ、時間がないのを言い訳にはしたくないのですが…。

そういえば最近、広告という「ものづくり」について、話す機会が減っている。広告業界は今、メディアの変化にばかり注目が集まっていて、「ものづくりとしての広告」についての議論がやや少ない気がする。もちろん、広告がコミュニケーションの変化を無視して議論されることは無意味だが、もっと「ものづくり」視点での議論もしたいと思うので、とりあえず、わがチームは『感動をつくれますか?』を読んでおくこと。(業務命令)

| | コメント (0) | トラックバック (2)

『マーケティング2.0』

『マーケティング2.0』渡辺聡他 翔泳社

会社で新部署を立ち上げたところ、たくさん仕事が来ちゃって、ブログの更新もままならない。でも、仕事がたくさんあるのはいいことなので、スタッフを増やして対応しようと思っているのだけれど、ほら、会社の人事ってたいへんだから、どうなるかなぁ。

そんな中で、『マーケティング2.0』。大分前に買っていたのだけれど、全く読めずにいた。僕の会社に、会話中何にでも「2.0」とつけて話す人がいて(例「広告2.0」「CM2.0」「会社2.0」…とかね)、この言葉があまりに頻繁に出てくるものだから、今では「2.0」はほぼギャグになっていて、やっぱりあれですね、流行り言葉を本のタイトルにつけるのは、ギャンブルですね、少し時間がたつと古臭く感じてしまう。名著『ウェブ進化論』のタイトルを見たときは、さすがに「おいおい、もうちょっと考えたタイトルにしてよ!!」って思ったけれど、中身がよければ、タイトルはあんまり関係ないってことですかね。で、『マーケティング2.0』。ネット系マーケティングの世界で、名前をよく聞く10数人の方たちが、自分の得意分野で色々書いておられます。ひとり10ページちょっとのボリュームなので、軽く読めちゃう。好きなテーマを選んで読むこともできるので、「マーケティング2.0」という名前のカンファレンスに参加して「自分の興味のあるやつだけ聞く」みたいな感じで、読み進められます。僕は、ココログを立ち上げた清田一郎さんの「プロモ2.0」(第3章-3)が面白かった。「プロモーションは死んだ」というシリコンバレーで流行った言葉から、書き進めているのですが、その言葉は、「従来の発想は無益ばかりか、害になるので一切捨てたほうが良い」ということらしい。ネットを使ったプロモーションでは、誘導しようとしたり、対峙したり、コントロールしようとしたりすると、「ズレたこと」に見えてしまい、その世界からは無視され、排除される。『「顧客」は「消費者」ではないのです。顧客は私たちとともに、フローを起こし、変化を生み、相互作用し、(一緒に)価値を作り上げていく人々です。』と語っています。『ネットには、自分たち自身(マーケッター)が出ていかなければいけない』『マスメディアでの経験は、プロモ2.0では役に立たない』『「広告宣伝」という怪物から、もう一度顧客と企業との健全な関係を取り戻すプロセス』などなど、アンダーラインを引きまくってしまいました。僕たち古い広告屋は、コミュニケーションがこんなに変化するなんて、数年前まで考えもしなかったから、動揺したりしているが、この変化を頭でなく、身体で感じられれば、それほど怖いもんじゃないよね、と強がってみる土曜日の深夜。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年10月28日 (土)

『グルメバトル』

『グルメバトル~前代未聞の飲食店評価~』JCオカザワ 友里征耶 グラフ社

辛口な飲食店の評価で有名な著者二人が、お店だけじゃなく、お互いの評価をも糾弾するという、場外乱闘っていうか、まさにグルメバトル!!それぞれに『絶対行ってはいけない有名店 行かなきゃいけない無名店』『シェフ、板長を斬る 悪口雑言集』という、有名店にとっては営業妨害以外の何ものでもない本を出していて、(2冊とも読んだけど、基本的に悪口って面白いもんね)お店だけじゃなく、昨今のフードジャーナリズムに関しても、実名まであげて、かなり辛辣に批判してた。もちろん、二人ともにペンネームでの活動だけど、お店によっては面が割れていて、入店を拒否されることもあるらしい。そんな二人が「共著」ではなく「競著」?(相手が何を書いているかは知らずに、勝手に書いた)で出したから面白い、という触れ込み。この本の中で、二人揃ってダメ出ししている「救いがたいこの一軒」という項目には、「ル・マンジュトゥ」「松下」「古拙」「てんぷらみかわ」「たいめいけん」「バードランド」といった、マスコミでは超有名な店が並んでいる。これらの店に行った事のある人は、「そう言われれば、思い当たるふしがある」と感じてしまうから、評価なんていかに曖昧に出来上がっているか、に気づかされる。評価が真っ二つに分かれたお店も多く、「ピアットスズキ」「カーサヴィニタリア」「芝欄」「鮨水谷」「天ぷら畑中」など、一方では高評価なのに、一方からはボロクソに書かれている。そんな中で、二人ともに高い評価をしている店があって、それが麻布十番の焼き鳥「世良田」。僕は行ったことがないが、評判は前から聞いていた。「ピアットスズキ」や沖縄料理の「ターチ」が入っているビル、というと分かるかもしれない。接待での利用が多いらしく、毎日予約で一杯だし、営業時間も夜9時ぐらいまでなので、僕らが飛び込みで入るのが難しい店だ。で、「世良田」と聞いて、「なんか聞いたことあるな」と感じる人も多いと思うんですけど、そう、田町の札の辻の交差点のそばに、「世良田」という同じ名前の店があるのだ。ほら、看板がかかってるの見たことあるでしょ。白い看板に筆文字で、わりと大きく。で、こないだ行ってみました。会社から歩いて2分。中は、カウンターとテーブル席が5つほど。店の人に聞いてみたら、麻布十番の「世良田」の息子さんがやっている店でした。「とりわさ」「とりの酒盗あえ」「サラダ」「焼き鳥各種」何を食べてもおいしかった。うちの会社が田町に移ってきて約10年。「食の不毛地帯」田町に、こんな名店があったとは!!と不明を悔やんだわけです。いろいろ聞いたら、基本的に麻布十番の「世良田」とは、焼き鳥に対する考え方や方法論が違うので、系列店じゃないですよ、と言っていた。まぁ、親子だからいろいろありますよね。でもほんとうまかったです。今度はお父さんのほうのお店にも行きたいですが、閉店が夜9時だと深夜族には難しいかも。

ps:machさんから、麻布十番「世良田」の閉店時間は23時ぐらいですよ、とのご指摘がありました。ありがとうございます。

| | コメント (2)

2006年10月20日 (金)

『名もなき毒』『勝手に広告』

『名もなき毒』宮部みゆき 幻冬舎

宮部みゆきさんの本を初めて読みました。なんか、もっと難しい内容なのかなぁ、(なんでそう感じていたんだろ?装丁の感じとか?)と、勝手に想像して敬遠していたのですが、読んだらそんなでもなかった。世の中に浸潤している、いろいろな「毒」をテーマに、サスペンス?調に仕上げた内容です。無差別殺人に使われた「毒」、普通のOLさんの奥に潜む「毒」、建築資材や土壌汚染などの社会「毒」が、ストーリーの中に複雑に入り込んでいる。さすが売れっ子作家の注目本だけあって、一気に読ませられました。でも、テーマがテーマだけに、読み終わってちょびっと気持ち悪くなりました(毒)。

『勝手に広告』中村至男+佐藤雅彦 マガジンハウス

『勝手に広告』の名前のとおり、オリエンなしに広告を作っちゃった、ということなんですが、この本全体が「作品」として存在している場合、「広告」って何?と言うややこしい話にもなってくる。商品らしきものがバーンとあれば、それはそれで「広告」的なものだけれど、それだけじゃないなぁ。根っからの広告屋さんである、中村至男さんと佐藤雅彦さんたちに染み付いた「商品に対するポジティブな感覚」こそ、「広告的」なものなのだなぁ、と感じた。まさに、「毒がない」。「毒がない」って、素敵なことだと思った。

海外からのトラックバック通知(ゴミメールみたいな、こちらは毒!)が、あまりにもひどいので、しばらくの間トラックバックを受付けません。みなさまには、ご迷惑をおかけします。

| | コメント (0)

2006年9月10日 (日)

『POST-OFFICEワークスペース改造計画』

『POST-OFFICEワークスペース改造計画』著=岸本章弘 仲隆介 中西泰人 馬場正尊 みかんぐみ TOTO出版

僕は入社以来20数年間、あんまりオフィス空間なんて意識せずに、仕事をしてきました。会社から与えられた机や椅子(ねずみ色!!)に座り、殺風景な会議室やPルームで、なんの疑問も持たずに、日々企画したり、会議したり、ボーっとしたりしてきたわけです。まぁ、クリエイティブの人間のデスクなんて、地机が全く見えないほど汚くて、会議だって、いつ終わるのかわからない「無限地獄」なのだから、オフィス空間への意識なんて、あるほうが不思議だったわけです。で、この本。写真やイラストが一杯で、あんまし文字数も多くないので読んでいるのですが、これが相当面白い。基本的には、新しいオフィス空間デザインや、オフィスツールなどのアイディア満載の本なのですが、そういったデザインの前提になる、「これからのワークデザイン」への言及が、特に面白い。「仕事をする」ことの意味を再考し、その意味性の変化に着目して語っているから、僕のようなデザイン不感症の人間でも読めるんですね。大きな視点で言えば、人間の時間感覚。「かつては「『円環時間』が人々の働き方のリズムを作り出していた。1日や四季が繰り返すように、時間は繰り返すものであった。(中略)それが、近代化の過程で、『円環時間』から『直線時間』に推移する。直線上を先に進むことに価値が移り、急ぐと言う概念が生まれ、スピードが価値を生むようになる。(中略)前に進むことを重要視するあまりに、仕事のクオリティが置き去りにされていることを問題にしている。(中略)自分のやりたい方法でクオリティの高い仕事を目指す方向に、少しずつシフトすること、これが新しい豊かな社会構造を生み出していくことに繋がると思う」ホント、そうですよね。効率ばかり考えているオフィスのうすら寒い感じは、「いいものを生み出す」環境とは程遠いわけです。あと、こんなことも書かれています。「社会の価値観が、モノからコトへと変化し、知識が資産としての価値を持つようになった。その結果、仕事の内容も、知識や専門性が必要とされるナレッジワークに比重が移ってきている。より高度な知識を作り出すために、妥協点をさぐるネゴシエーションから、より高度な結果に導くコラボレーションが欠かせないものになり、外部の優れた専門知識をもっている人たちと、業種を越えてコラボレーションしなければ、多様化したニーズを満たせなくなってきている。多様化する顧客とのコラボレーションも不可欠だ。」全く同感です!広告業界が大きな変革期に入っていることは、みんな何となく感じていると思うけれど、日々の仕事の中にも、こういった変化が訪れているわけで、いち早く変化に気づいて、自分のワークスタイルも含めて考え直さないと、ヤバい感じがありますよね。「<働く環境>は与えられるものではなく、自分でコントロールし、デザインする対象になりつつある。自分で考えないと、仕事のクオリティが低下しかねない。そこで、<働く環境>を考えることが仕事の一部になり、仕事のプロとして、仕事のクオリティをサポートする<働く環境>を整えることが欠かせなくなってきている」「やり方の決まっていない未知の仕事に取り組む人ほど、ワークデザインが必要である。該当する方は、まず今日一日をどのように働くかを考えることからはじめてみてほしい。(中略)それらの作業を行う最適な場所はどこなのか考える。このようにして自分の働き方を総合的にデザインすることが、ワークデザインの始まりである。」と。

あ、そうだ。オシム・ジャパン、イエメン戦辛勝!!イエメン戦で辛勝っていうのが辛いけれど、いいんじゃないか!勝てばいいのよ、勝てば!!先週、サウジアラビア戦で敗北し、「負けてもいいんだ!!」と書いたけれど、今は勝っても、負けても、どっちでもいい。だって、絶対に方向性は間違っていないわけだし。僕は全面的にオシム・ジャパンを支持します!!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年9月 4日 (月)

『御社の営業がダメな理由』

『御社の営業がダメな理由』藤本篤志 新潮新書

タイトルを見て、思わず買ってしまいました。『御社の…』って、営業コンサルをしている著者が、クライアントの社長さん相手に使う言葉らしい。どこの社長さんも「うちは営業がいまひとつ」とか、「優秀な営業を募集したい」とか言い、逆に営業現場は「死ぬほど忙しい」「自分たちはよくやっている」と感じていることが多いのだと言う。実際現場はバタバタ忙しく働いている(無自覚な「結果的怠慢」と言うらしい)のだが、問題なのは、結果的に生産性が上がらないこと。無策のままで、「営業がダメ」とか「いい人材が欲しい」などと言うと、社員のモチベーションが下がるので要注意!大切なのは、現状の戦力をどう使っていくのかという視点だ、と。ここまでは、僕も理解できましたが、その解決法が「営業日誌をつけるのをやめて、毎日直接ヒアリングする」だったり、「営業部長には、ノルマを課さない」「同行営業こそ大切」みたいなことだったり、そいうことなの?いまいち共感できなかったけれど、それは僕が営業じゃないから?

「東京ガールズコレクション」代々木第一体育館

行って来ましたTGC!(TOKYO GIRLS COLLECTION)小一時間いただけなのに、とっても疲れましたよ、はぁはぁ…。だって、会場は若い女性達(しかもみんなカワイイ)で溢れかえっていて、熱気ムンムン(←もはや、この表現がなぁ)。代々木体育館のデカイ箱全体が、ほぼクラブのノリになっていて、延々と大爆音響が流れ続けるわけなんですね。当然僕のような年齢の男性はほぼ皆無!!で、「なーに?このオヤジ」視線が痛かったなぁ。でも、shimazoffも書いていたけれど、これが東京のリアルなんですね。毎日会社で会議ばっかりしていてる僕ら、ヤバいっすね。

「サウジアラビアvs日本」

いいんじゃないか!オシムジャパン!負けたけど、いいんじゃないか!そういった方向性でいいんじゃないか!と、深夜2時半過ぎからの中継で、終了が朝の4時半ぐらいで、ほぼ寝ていたのだけれど、記憶の底にうっすらと「日本という国のサッカー」は、こういったことなんじゃないか、と思った。サントスも田中達も遠藤も加地も鈴木も闘莉王もよかったよ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年7月29日 (土)

『テレビCM崩壊』

『テレビCM崩壊(マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0』Joseph Jaffe著 織田浩一監修

読みました。広告関係著書では、今年最大の話題本になるかもしれない。広告業界にとって、『ウェブ進化論』以上のインパクトを与えること必至!!なにより、そのタイトルが扇情的!!こんなタイトルをつけられたら、広告関係者は手に取らないわけにはいかない。一刻も早く読んで、「崩壊どうよ?」と同僚と語るのが、広告業界でしばらく流行ることでしょう。多くの広告会社の儲けぶちで、数十年間、最大の広告メディアであり続けたテレビCMに対して、「お前はもう死んでいる!!」と言い放った本です。みんな薄々感じつつも、全体的には、「…とはいうけど、しばらくは…ねぇ…」って気分があったわけですが、「あーあ、言っちゃったよー」感100%の本です。アメリカで既に始まっている(日本でも)、テレビCMを使わない(あるいはインテグレーション)、いろいろな新しいマーケティング手法を紹介しています。単純に危機感を煽っているだけじゃなく、第2章以降で、新しい具体的手法を提示しています。「多くのマーケターは気づいていない」みたいに、「マーケター」相手に語っていますが、「マーケター」とは、もちろん「広告主」や「得意先」「宣伝部」という意味ですね。「マーケター」と表記してくれたおかげで、少し印象が和らいでいます。内容的には、ここんとこ広告業界で、さんざん語られてきたことなので、それほど目新しいわけではないけど、なにしろ決定版!!と言っていい。「ネット社会のコミュニケーション」は、トラディショナルメディア(もはやトラディショナル!!)の時代と大きく変わった。当然、広告コミュニケーションも、全く新しいやり方を模索しないといけません、と。事例に対するコメントも、「新しいことはなんでもGood!!」という姿勢ではなく、「新しいことでも、駄目なものはダメ」と、見る目も相当こなれてきているなぁと思いました。20数年間、テレビCMを作り続けてきたトラディショナル系からすれば、感傷的にもなるのですが、「もう死んでいる」って言われるとなぁ。まぁ、コレまでの広告づくりに固執しても、もはや環境が変わっちゃったんだからしょうがないよねっ。新しいもの好きの広告業界なんだから、さっさと新しい領域で新しいことしようよ!と、強がってみる。ひでぶっ!!

PS①:Ad innovatorによると、『テレビCM崩壊』の第一章が、PDFで読めるようになっているそうです。バイラルキャンペーンだそうです。さすがっ!

PS②:先日、サブタイトルを「広告が面白くなれば、この国は…」に変更したところ、「なんか共感できません。前のサブタイトルのほうが良かった」という声多数のため、以前のサブタイトルに近いものに、再変更いたします。サブタイトルなんてなんでもいいんだよっ、何度も変えんなよ、ウザイ!!はい。すみません。

PS③:「広告深夜族」のタイトルに(夜明けは近いよ)という語句をつけてみたところ、「深夜族ってそういうことだったんですか?!」という声しきり、でした。特に最初からそういった意味(夜明け前という意味)ではなかったのですが、(単に深夜に書いていただけ)ふと思い立ち、つけたしてみました。新しい広告コミュニケーション関係本の究極とも言える、『テレビCM崩壊』を読み終え、トラディショナル一筋20年(現在インテグレート系?)の僕としては、「だいたいのことはわかったから、あとは結果を出すのみ」という意味で、夜明けは近いっ!!

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006年7月23日 (日)

『Web2.0でビジネスが変わる』

『Web2.0でビジネスが変わる』神田敏晶著 ソフトバンク新書

食べ物でいう「生モノ」感覚が、本にもあるんですね。まさに今読まないと、この「生モノ」は食べられなくなっちゃいそう。今年の「6月26日初版第1刷」なので、出版されて一ヶ月もたっていないのに、もはや賞味期限は、今がギリギリの感じです。2時間もかからず読みきれるので、パッと読んじゃいましょう。僕のようなオヤジ向けに、かなり平易な文章で書かれていて分かりやすい。巻末には、最近のネット用語の解説まで付いていて、至れり尽くせり。八重洲ブックセンターのランキングで、上位に入るのも分かります。書かれている内容自体には、それほど目新しいものはないのですが、強いのは、自分でいろいろなネットサービスを使った印象が語られている点。著者は、IT関連のジャーナリストなんですが、メルマガやポッドキャスト放送局を自分で立ち上げたり(KNN.com)していて、実際に使いこなしている立場からネットを語っている。取材だけで書いた本だと、なにか現実感のない内容になりがちですが、著者のリアルな感想が面白いです。「フリッカー」「兆し」「ワッチミー!TV」「Eyespot.com」「jumpcut.com」この辺のこと、知ってました?

そして、先日アマゾンに注文していた『テレビCM崩壊』Joseph Jaffe著 織田浩一監修が届いたので、さっそく読んでみます。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月18日 (火)

『企画書は1行』

先日、「広告関係ブログ一覧」(全く一覧ではないが!!)というエントリーをしたところ、日々あちこちから、広告関係ブログを紹介していただいています。「広告深夜族」のさらなる2.0化へむけて(笑)、もっともっと教えてください。

イカす インターネット天国」会社の同僚です、よね。仕事はまだ一緒にしたことないです…よね。プロフィールに載せているお顔は、覚えています。今度是非一緒にやりましょう。そして、「イカす インターネット天国」からリンクで発見!!まさに元クリエイティブの同僚、suda君のブログ。「インタラクリ」mixiでは書いていたが、今年カンヌに行ったタイミングで、ブログも書き始めたようです。「マスとインタラの溝」をどう埋めるのか、広告業界の課題について、熱く語っています。今度じっくり話しましょう。

『企画書は1行』野地秩嘉著 光文社新書

「マスとインタラの溝」を語る上で、参考になるかどうか分からないのですが(全然関係ないかも!)、光文社新書『企画書は1行』のご紹介。この本は、『日経PC』に連載されていた「企画書の1ページ」をまとめたもの。何故、新書化される際に、「1ページが1行」に変化したかは分からないけれど…とにかく、企画書は「1行の文章」に集約されることが大事!!気持ちや、考え方や、とらえ方や、発見や、アイディアや、思いつきや…とにかくそういったものを相手に伝えるためには、1行の「コピー」になっていなければいけないっ!!と語っております。しかし、どんな企画も「キャッチフレーズ化」する広告業界の人間にとって、「1行化」は意外と普通なこと。だから、「企画書は1行」って言われても、特に目新しい感じはしなかったんですね。そこで、ちょっと視点を変えて読んでみたのですが、この本のいう「1行」とは、「コアアイディア」のことではないのか?と。つまり、相手に何かを伝える方法論として、「1行」になっているのは理想で、その本質には「素晴らしいコアアイディア」が存在しているのではないか、と。「コアアイディア」がいいと、結果として、カタチとして「1行」になる場合が多いだけ。大事なことは、「素晴らしいコアアイディア」を考えつくことであって、「1行化」はそのあとの作業だね、と。で、何故それが「マスとインタラの溝」議論につながるかというと、マスもインタラもある意味、課題解決の方法論の一つであって(さすがに「単なるメディアの違い」とは言わないが)、大切なのは、いかなる「コアアイディア」を考えられるか?だと思う。suda君が言うように、マスとインタラの特性を理解しないと、全くトンチンカンなことをやる羽目になる。しかしより重要なのは、課題に対するソリューションとして、「コアアイディア」をしっかり考えること!マスなのか、インタラなのか、インテグレーションなのか、バズなのか、コミュニティなのか、パブなのか、BEなのか…コミュニケーションの環境変化をしっかり見極められて、メディアを縦横無尽に使いこなすCDが存在しなければいけないことは、確かだと思いますね。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2006年7月16日 (日)

『ハイコンセプト』

『ハイコンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代』ダニエル・ピンク著 大前研一訳 三笠書房

すごーく簡単に言えば、「工業の時代」が終わり、「情報の時代」が終わり、これからは「感性(ハイコンセプト)の時代」で、そこいら辺にチャンスがあるよ、説いた本。変化要因としては、①みんなが一定以上「幸せ」になったことで、モノの機能や価格よりも、デザイン性(情緒的な価値)が重要視される。②ネットワークの発達によって、これまで高度な仕事とされてきた、情報加工、処理業務が、インドやロシアなどに移管された。③医者、弁護士、プログラマーであっても、単純な反復作業は、すべてコンピュータに取って代わられる。つまりこれからは、ハーバード大学で「MBA」とることより、「MFA(Master of fine art 美術学修士)」を取るほうが、有望だと。左脳的なビジネスは終わり、右脳的なビジネスになっていくと。ううむ、そうかぁ…っていうか、広告会社のスタッフ(特にクリエイティブ)って、そういう人ばっかりだぁ。論理的な思考より、感性的にものごとをとらえる人が多い。「新しいことを考え出す人」とは、広告会社の(クリエイティブ)スタッフといえば、非常に分かりやすいなぁ。しかも、広告的思考を身につけているから…うーむ…うまく機能すれば、新しい時代を作っていけるかもなぁ…と、ちょっと楽観的な今日の僕。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年7月14日 (金)

『グーグル』

『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』佐々木俊尚 文春新書

グーグルは、現在のビジネスを根底から覆し、全く新しいルールを作ろうとしている。グーグルへの期待と同時に、まだはっきりと全体像が見えないことへの「畏れ」が、随所に見られる本。「破壊者」「グーグル八分」「権力」「怪物」「神」「悪夢」「司祭」…とてつもなく恐ろしい何者かが、我々の生活を脅かす…よく分かってない「おやじ」をビビらせる、扇情的な言葉が並びます。(そういえば、織田浩一氏が『テレビCM崩壊』という本を出します。広告業界の人たちには、恐ろしく扇情的なタイトルですね)『グーグル』の著者の佐々木俊尚氏は、毎日新聞からフリーになり、IT業界本を書いている人。やや、ジャーナリスティックな視線でグーグルをとらえています。『ウェブ進化論』が、新しいネット社会について、まさに「あっち側」で書いている本だとすると、「こっち側」で書いている印象。『ウェブ進化論』を読んだ時の、あのワクワクした気持ちにはならなかったです。視点がちがうから、当然だけど。先日、ネット系の経営者達の話を聞く機会があったんですが、司会者が「普段はどんな生活してますか?」みたいな質問して、そしたら、「新聞読んでます。好きです」とか「ネットやる時間は、あまりないです」とか「テレビはあまり見なくなったけど、人気ドラマはたまに見ます」みたいな「なーんだ、フツーじゃん。俺らと同じじゃん。」的な答えをしていたのが、とても面白かった。そうなんだよね。相手のことをよく知らないと、「何かとんでもないことをしでかすやつら」という「無知による畏れ」を抱いてしまうんだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年5月21日 (日)

『デザインのデザイン』

『デザインのデザイン』原研哉著・岩波書店

デザイナーに、こんな上手な文章を書かれると、ハッキリ言って困りもんです。どちらかというと、デザイナーはセンスはいいけれど、文章書くのはいまいち苦手、というのが相場なのに、『デザインのデザイン』の文章は、そこいらのもの書きが尻尾を巻いて逃げ出したくなるような、美しい文章。何度推敲を重ねたのだろうか、と感じるほど、論理的で冷静な文章である。「文章そのものまでデザインした」という批評は、陳腐すぎるかもしれませんが、まさにそういう感じでした。著者の原研哉さんは、日本デザインセンターの代表で、銀座MATUYAや無印良品のデザインをしているデザイン界の重鎮です。彼の活動の中でも、特に『リ・デザイン』は大変興味深いもので、「新しい時代は、知っているはずの日常が次々に未知化されるように現れてくる」という考え方のもと、いろいろな身の回りのものを、著名なクリエイターが『リ・デザイン』するという活動。笑ったのは(もちろん、お笑いでやっているわけじゃない)、建築家の隈研吾さんが、ゴキブリホイホイを『リ・デザイン』したもの。全体が「ロール状の粘着テープとしてデザインした」らしい。テープを必要な長さでカットして使う、「現代的なインテリアにも似合いそうな」ものだったようです。ゴキブリホイホイは、やや派手めな「家」なわけで、隈研吾さんは、その「家」がもつ構築的な意図を否定したかったのでしょうか?「モニュメンタルな(ハウス)を否定して、流動的な(チューブ)を選択」したということらしいです。『リ・デザイン』以外にも、『デザインのデザイン』には、原さんの仕事がたくさん紹介されているのですが、でもホント、デザインナーってカッコイイですよね。思いつきでできているようで、実は背景や考え方がしっかりある。原さんのように、デザインを思想として語れる人は、やっぱり、カッコイイなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 4日 (木)

『PLUTO』

いい天気だぁ。気持ちいいなぁ。

浦沢直樹の『PULUTO(1~3巻)』は凄い。『20世紀少年』が、こないだスピリッツで終了したらしいが、単行本で一気に読みたいがために、僕はまだその顛末を知らない。そんな状態で、『PLUTO』を読んでいいのかー?!『20世紀少年』のけじめをつけてから、じっくりと『PLUTO』に取り掛かるべきではないのか!?どうなんだ俺っ!?みたいな状態が続いていたのですが、うー…読んでしまいました。『PLUTO』を。なんて言ったらいいのでしょう。凄く面白いです。凡庸な感想ですが、凄く面白い。鉄腕アトムを知っている僕らも、知らない子供達も、両方楽しめる。僕は我慢できなかったけれど、今だに我慢している人もたくさんいるだろうから、内容は書きませんが、マンガがこんなに面白いなんて、ホントうらやましい。でもあれですね、映画もそうだし、マンガもそうだけど、頑張ってるよね。テレビやネットが出てきて、ピンチ!になった時、「もう先はないね」なんて言われて。でも、先はあった。結局、面白ければ、お客さんはついてきてくれるわけですよね。広告も、はっきり言って今ピンチ!でしょう。いろいろなことが言われてるけれど、「広告として面白いもの」のレベルじゃなくて、映画やマンガに比べても、「本当に面白い」と思えるモノを作らないと、マジでヤバイでしょう。見て「得したぁ」と、思えるような広告を。

そうそう。さっき本屋さんに行ったら、平積みの本(つまり新しい本たち)の構成が、一ヶ月前とは明らかに違っていて、(それまでは、IT企業の若き社長本が目立っていたが)今や、ヒルズ族?を批判するような本だらけでした。「ホリエモンは前々から気に食わなかったんだよなぁ」という、新橋のおっさんサラリーマンの気持ちが、そういった新刊の構成にも表れているのでしょう。ライブドアは違法なことをしたから論外だけど、「ほらみろ」という世の中の空気によって、今までみたいに脚光を浴びることはないだろうけど、「それでも、時代の変化は止まらない」のにね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 3日 (水)

『バズ・マーケティング』

ふふふ、今日から5連休。ふふふ、特にすることもなし。ふふふ。凸凸凸。

一ヶ月ほど前に買った『バズ・マーケティング』(マークヒューズ著 ダイヤモンド社2200円)を、半分ほど読んだ。今どき「バズ」を語るのであれば、当然、ブログやSNSや掲示板なんかを利用した「新しい口コミ」についてだろうと、中身を確認せずに買ったのですが…うーむ、違ってた。この本に書かれていたのは、やや古臭くなっちゃったかな、いわゆる(マス<口コミ)論でした。「テレビなどの旧媒体が力を無くして、もはや、大きな効果をあげられるのは口コミだけ」みたいな内容で…確かに「口コミ」の力を利用するために、世の中の興味を引くような、「面白い企画」を考えることはとても重要。それは、言うまでもない。しかし今の世の中、「ネットでの口コミを無視して、口コミを語る」というのは、ありえないわけで。内容的には、昔の「口コミ」を「バズ」と言い換えただけな感じでした。確かに、「実在する町の名前を会社名に変える」「男性用便器のネットに広告コピーを印刷」「中華料理店のフォーチュンクッキーの占いの紙を媒体化」などの実例は、「メディアをクリエィティブする」という視点で面白かった。「クラッター・フリー」(たくさんの広告で混雑していない、独自のメディア)を生み出そう、という姿勢は大切です!話題化の目的や規模、予算によっては「バズ狙い」という選択肢は当然あるわけなんだけど、でも、やっぱり小さな仕掛けだけでは、世の中に対して小さな波紋しか起こせない。ゲリラ的に面白いことをやって、たとえマスコミでとり上げられたとしても、「マス広告に比べて効果的!!」みたいなことは、一概には言えないと思うなぁ。やっぱし、冷静にマスとそれ以外のメディアとを効果的に組み合わせて、そして共通のコアアイディアになりうるものを考え出すことで、「世の中に大きな波紋を生み出すこと」を僕たちの目的にしないと、広告というものがダメになっちゃう。「広告は時代を、大きく動かしていける道具」であることを信じて、毎日の仕事にいそしもうではありませんか。おー!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年5月 1日 (月)

『真田幸村と大阪の陣』

長風呂しつつ、学研新・歴史群像シリーズ②『真田幸村と大阪の陣』(1500円)を読む。精緻なイラストが満載で、戦(いくさ)の詳細な解説がウリ。細かく凸マークが配置された戦陣マップなど、歴史(戦国モノ)好きにはたまらない内容。歴史群像シリーズは前からあったようで(僕は知らなかったが)、今シリーズ(赤表紙)は「新・歴史群像シリーズ」となっている。風呂の中で、時を忘れて読みふけりましたぁ。のぼせましたぁ。

昔から、戦国武将の物語が好きなんですよね。特に、織田信長vs今川義元の桶狭間の戦いあたりから、この大阪の陣までの50年間の出来事がっ!凸凸凸凸!今から30年以上も前、小学生の時(1973年)に、NHKの大河ドラマで「国獲り物語」を見て完全にハマッタ!凸凸凸凸!平幹二郎の斎藤道三、高橋英樹の織田信長、日野正平の豊臣秀吉、寺尾聡の徳川家康、宍戸錠の柴田勝家…あぁ、今でも戦国武将たちのイメージは、この番組に出た役者さんたちのイメージ。日野正平の秀吉とか、たまんないよね。近藤正臣の石田三成も泣けたぁ。大友柳太郎の武田信玄。東野孝彦の山内一豊。足利義明に扮した伊丹十三の怪演も憶えてる。(調べたら、NHKからDVDが出ているようなので、買おうと思う)。で、たまに戦国時代を扱った、こういった書籍も読んだりするわけです。実はこの本を読む前に、①『関が原の戦い 日本史上最大の大会戦』も読んだのですぅ。こちらも面白かったぁ。よく、経営の指南書として、歴史書を読むことがあるけれど(何でも戦いになぞらえて語る人とかいるね)、僕の場合全くそういうふうではなくて、単なる歴史(戦国時代)好きなのでした。

天皇賞、ディープインパクト圧勝!でした。時計を一秒以上も短縮して、天皇賞レコード!強かったぁ。凸凸凸凸!

| | コメント (0)

2006年4月11日 (火)

『日経ビジネス』特集「CMを超える」

深夜3時帰宅。先々週号の日経ビジネスの記事から。

「王者 電通の苦悩」「CMスキップしないは1割」「加速するマス離れ」「GyaO旋風」「企業がメディアになる日」「歴史が予言するテレビ敗戦」…よくまぁこんだけ、気になる特集を思いついたものだ、と感服するほど、センセーショナルな記事が並んだ先々週の日経ビジネス。僕だけじゃなく、多くの広告関係者が読んだことと思います。実は、僕がウェブのことについて、いろいろ調べ始めたのは、昨年この日経ビジネスが、グーグルとアマゾンが合併するという「未来予測ムービーgooglezon」の紹介をしてからなんですね。それまでの僕は、どちらかというと「ネット?知らん」派の代表のような人間だった。もちろん、なーんとなく「ネットが、広告メディアに影響を与え始めた」気配だけは感じていたのですが、まさにその辺のことを知れば知るほど「こりゃ大変じゃぁ!」って感じが増していった。そりゃ誰だってそうなりますよね。今のこの変化は、ただごとじゃない。ものごとをたとえるのが、あまり上手じゃない僕ですが、X軸とY軸の世界に、いきなりZ軸が現れて、あっというまに世界は3次元化、複雑化してしまった、みたいな。5番目の新しいメディアの登場というのは、捕らえ方が明らかに間違っていて、実はそれ自体、今までのメディア全てを飲み込む怪獣のようなインフラであった、とか。まぁ、見方はいろいろあるでしょうが、とにかくネットの登場で、広告手法にいろいろな選択肢が増えたことは事実。その辺の変化をめんどくさがらず、むしろメディアの変化への理解力を自分の武器にしていくのだ、という意思こそ重要なのではないか。そういう意味でも、クリエイティブとメディアとの兼務を自分から申し入れた、電通の澤本さんはエライなぁ、と感じた先々週号の『日経ビジネス』でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年4月10日 (月)

『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』

土曜、日曜と青森県に行ってきた。その行き帰りの新幹線で。

もう途中から、新幹線の中では読めなくなった。涙が溢れてきて、止まらないのだ。ヤバイと思った僕は、途中でこの本を閉じ、家に持ち帰った。そして風呂の中で続きを読み、誰に気兼ねすることなく、号泣。買ったのは昨年の秋だが、今まで読まずに置いていた。読んだ人がみんな「いいよ」と言っていたので、どっぷり浸れる時に読もうと思っていて、今になってしまった。著者のリリーフランキーさんと僕は一歳違いで、自分の生まれ育ってきた時代の記憶と、すべてがバッチリ一致してしまうものだから、それは感情移入なんてもんじゃなくて、最初から最後まで、まさに自分自身がそこにいるような感覚になった。高校から大学時代の気持ちや、親に対する気持ち、東京という街に対する気持ち…そのすべてに共感できた。「共感」とか書くと、つまんないですね。なんて言うか、全部の言葉に「おれもそうなんだよぉぉぉぉ」って思った。飾らない言葉で素直に書かれているものだから、こちらも感情が無防備になってしまうって感じでした。最高なのは会話がすべて九州弁で、東京だろうがハワイだろうが、どこでも九州弁丸出しでしゃべっているところ。大昔『青春の門』を読んだ時も思ったけど、九州弁って「人間としての生き方」みたいなものを、ハッキリと感じさせるよなぁ。僕の出身地の秋田弁はモゴモゴ言っていて、あんまし何言っているのか、分からないんだよなぁ。『アバどボクど、ときどぎオド』じゃなぁ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年3月13日 (月)

『千円札は拾うな』

明日から、地獄のプレゼン週間が始まる。はぁ。

新聞広告で見つけ、気になっていた安田佳生著の『千円札は拾うな』という本を、3分の2ぐらい読んだ。基本的には、経営の指南本。まだ弱冠40歳で、年商30億、従業員数150名の「ワイキューブ」社長の本だ。まず、みんなが気になる「千円札は拾うな」の意味は、「千円札を拾うと、目線が下がり他のことが見えなくなる」「千円札を拾うと得をする、は固定観念」「千円札の近くに他の大きなチャンスが落ちている」「成功するひとは、千円札を見ていない。億単位を見ている」…うーむ、イマイチ意味がわからないのだが、もしやこれは、成功した人だけがわかる、感覚的なものかもしれぬ。僕もいつか独立して、自分の会社が成功して、大金持ちになったあかつきに、後輩に「くれぐれも、千円札は拾うなよ」後輩「はぁ?」ワイン片手に僕「ふふ、今にお前も分かるさ」みたいな会話をするのかもしれない。しないか。本の内容的には、全編こういった、「これまでの経営の常識を覆す考え方集」のようになっていて、まぁ簡単に言えば、「常識的な考え方ばっかりしてると、成功はやってきませんよ」的な、逆説的ともいえるアドバイス満載の本です。でも、僕は会社を経営したことがないのだが、必ずしもこういった「常識はずれ」な考え方だけではダメで、経営って、もっと基本的で地道な事も沢山あるだろう、とおっさん経営者のような気分で読み進んだのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年3月 5日 (日)

『ウェブ進化論』

深夜1時、台湾出張から帰還。久々の更新。

昨日から台北に出張に行って来た。一泊二日の強行スケジュール。先々週、台湾で撮影したCMフィルムを編集、仕上げしたものを試写してきたのですが、お得意先に大変気に入ってもらい、よかったぁ。一泊二日の強行軍で、台北まで行ってきた甲斐もありました。

その出張の飛行機内で読んだのが、梅田望夫さんの『ウェブ進化論』。一部の書店では、もはやベストセラーになっているようですが、そりゃ売れるわけです。はっきり言って、この本は凄いです。何が凄いかっていうと、ネットがもたらした社会や意識の変化や、これから早晩起こるであろう大変化を、誰にでも理解できるように、的確な文章で、しかも数多くの興味深い事実に絡めて書ききっている。難解なシステム論に逃げるでもいなく、哲学的な抽象論に入り込むでもなく、少しネットに興味がある人なら誰にでも分かるように書いてくれている。しかも、シリコンバレーに長年住んでいるものだから、ビビッドなITの栄華盛衰を目の当たりにしてきたリアリティがある。グーグルの社員たちが総じて、「ネットという人格」を信じている話や、「グーグルマップス」のAPIが発表されて一週間で「はてなマップ」が出来上がった話、「ロングテール」が実は「売り上げの半分」ではなく、「1/3」だった話などなど、今まさに知りたい話が満載なのである。まだ全部は読了してないのだが、自分もネット社会の変化を、広告クリエイティブの変化に絡めて語ったりする機会があるので、これ系の本をよく読むのですが、最近の中でダントツの内容でした。ネットがもたらす変化を、これほどまでに深く、説得力を持って語った本は、いままで無かったのではないか、と思われます」。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年2月25日 (土)

『プロ論』

『プロ論』(B-ing編集部)を再読。有名人が、自分の仕事について語った本。「会社で頭ひとつ抜け出したいとき」「やりたい仕事が見つからないとき」「働くことがイヤになったとき」などの項目に分かれているが、内容とその項目はそれほどリンクしていない。まぁ全体を通じて、「成功者たちの仕事観がつかめる」という感じ。出版が2004年12月だから、まさにIT関係の新ビジネスマンたちの話が満載!!と思いきや、意外と楽天の三木谷社長ぐらいしか載っていない。2000年ぐらいからの「B-ing」の巻頭特集をまとめたものだから、多彩な人物構成になっているのだ。全部で50人ぐらい。中には、井筒監督や笑福亭鶴瓶師匠、和田アキコさんの話などもあって、近頃のビジネスマンが特に聞きたい話でないとは思うが、そこらへんのゆるさやバラつきが逆によかった。「サラリーマンをずっとやっていくことのほうがリスクなんだ」「外国では転職経験のない人は能力の低い人」などと、転職、転社をやたら奨励しているのはB-ingの特集だからでしょう。ただ、この時代に、仕事をしていくことの意味や価値は、ひと昔前と大きく変わっているのは確かだから、なんらか「働くこと」を考えるきっかけになる本ではありました。

PS その後『プロ論2』が出ていることを、書店で発見。そちらには、やっぱり、IT系の社長とか、たくさん出ていました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年2月19日 (日)

『サザエさんと株価の関係』

長風呂して読書。

本日読んだのは『サザエさんと株価の関係(行動ファイナンス入門)』新潮新書。サザエさんの視聴率や月の満ち欠け、梅雨や猛暑、プロ野球の本拠地の移動や観覧車の数など、人の心に作用する様々な要因と、国や地域の景気や株価の変動とに、相関性があるかどうか(「行動ファイナンス」というらしい)を、綿密?な調査をして裏づけをとり、「やはり経済とは人間ナリ」と、語った本である。先週読んだ『下流社会』とも共通しているのは、著者の仮説に基づいて調査やデータを組み立て(たぶん)、仮説を証明する結果だけを報告している(たぶん)点である。だから、面白くないわけがない。面白そうな仮説を立て(大きなウンコをした日は、株を買いたくなる!みたいな!)、それを調査やデータで検証していくのである。しかも、本に仕立てていくときには、「思いつきなんですけどね。ハハハ」などとは一切言わずに、「ここに面白いデータがある…」みたいな書き方をするものだから、皆「ほほお…」と関心するわけである。僕はデータの客観性を活かした、最近流行りの社会学系本を「嘘っぽ!」なんて全く思わない。むしろデータが持っている客観性を活かして、世の中の新しい流れをもっとえぐりだしてほしい、と思っている派(56%)です。バックデータ的社会学系本。売れてるようです。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

『成功する経営 失敗する経営』

江口克彦氏の『成功する経営 失敗する経営』を読んだ。3年ほど前に読んだ本だが、なんとなくまた読みたくなったのだ。江口氏はいわゆる、経営の神様松下幸之助門下で、PHPの社長をやった人。この本でも、松下流の「人」を大切にする経営を説いている。経営書として、特に目新しいことを書いているわけではない。実は3年前に読んだとき、「なんか古いな」と感じた記憶がある。近頃の日本のビジネスマンは、「ゲーム感覚で仕事」し、「成果こそが重要」で、「会社は踏み台」で「大金もちになる」ことが目標。それに比べ、松下流の「経営は人」「信頼する経営」「着実な経営」みたいな考え方に、古さを感じたのだ。しかし再読してみて、ここに書かれていることこそ、まずは経営の基本だなぁという感じがした。会社といっても、人間がやっているのだから、つきつめれば「経営論は人間論」。つまり会社というものは、人を大切にする「人間論」がまずあって、そこに時代なりの新しい経営感覚や、経営手法を付加していかなければいけないのだ。ここに書かれているのは決して「古さ」ではなく、「本質」なのだと思った。こないだ『ライブドア なんだこの会社は?!』という本を読んだときに感じた薄ら寒さは、「成果」と「報酬」の二元論で、会社が成り立っている寒さだったんだ。「人」が欠落したとき、会社という生き物はおかしな方向に進むのだ。うちの会社は大丈夫だろうか?

| | コメント (0)

2006年2月18日 (土)

「シジミのしょう油漬け」と『容疑者Xの献身』

木曜日、台湾から帰りました。

今回の出張はCM撮影でした。先週の土曜日に出発して、まるまる5日間毎日撮影!!というハードスケジュールでした。しかも現地で、激しい下痢と発熱に見舞われダウン。台北の病院に担ぎ込まれました。倒れた前日、「シジミのしょう油漬け」をたらふく食べたので、それが原因とも言われましたが、帰国してその話をしたところ、「ノロウイルス」だろう、とのことでした。自分は詳しくないのですが、免疫力が低下している人が、カキなどの二枚貝を食べると発病するらしいです。ネットで調べたら、まさに症状が「ノロウイルス」による症状そのものでした。台湾出張は過去に何度も行って、「シジミのしょうゆ漬け」を食べていたので甘く見ていたのですが、ここ数ヶ月間の仕事の忙しさで、体力が落ちていたことが発病した原因でしょう。今度台湾に行っても、もうシジミは食べられませんね。

出張中、というかノロウィルスで倒れている病床で東野圭吾の『容疑者Xの献身』を読みました。出張ということで成田空港で買った本でした。普段僕は、推理小説というか、小説自体あんまり読まないので、「2006年直木賞受賞」という帯文がなかったら、きっと、というか、絶対にこの本を買わなかったでしょう。台湾の病床で読み出して、あっという間に読みきっちゃった、という印象。全体的には、物語にぐいぐい引き込んでくれたので、「おもしろかったぁ!」なのだが、小説の最期、事件の解明が「意外とあっけないなぁ」とも思いました。読んでいる途中で、「容疑者Xのトリック」に気づいてしまったせいかもしれません。そのことに気づくのと、気づかないのとでは、この小説に関する感想が大きく違うのではないか。でも、たまにはこういった推理小説にどっぷり浸ってみるのも悪くない。ノロウイルスで激しい下痢はしていたが、一瞬いろいろなことを全部忘れてのめり込めたのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年2月 5日 (日)

月刊『BOSS』

只今、深夜1時。

さっきまで長風呂しながら、「時代を読み取るサクセスマガジン『BOSS』」を読んでいた。「時代を読み取るサクセスマガジン」だからといって、「俺もサクセス!!」と、毎号買って熟読しているわけでもないのだが、このなんとも言われぬ表紙のデザインがコンビニですごく目につくものだから、たまに購入してしまう(1冊800円は痛い!)。特集のほとんどのページが、経営トップとのインタビューで構成されていて、この編集者が、経営トップと強い繋りがあることがわかる。この雑誌は(株)経営塾という会社から出版されていて(僕は全く知らない会社だったが経営者の間では有名なのかも)、ホームページを見たところ、経営者や有識人を招いての勉強会を開いたり、コンサル業務などもしている歴史ある会社のようだ。『ダイヤモンド』や『東洋経済』など、メジャーな経済雑誌を読むことはほとんどないが、『BOSS』だけは、なんとなくとっつきやすいもので読んでしまう。かなりざっくりとした特集テーマがあって、あとは経営者のお話が続く。編集方針として『人間』にフォーカスを当てていると言うとおり、経営者の人となりが感じられる中身である。日本の巨大企業のトップの人間くさい話は、わりと面白く読めちゃう。最近は、IT関係の若い経営者の動きにばかりスポットが当たって、こういった成功したメジャー経営者の話がなかなか聞けないので、『BOSS』には頑張ってほしい。なんか『BOSS』の広告みたいになってしまいましたが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 1日 (水)

『下流社会』

午前2時30分帰宅。

今更ながら、『下流社会』を読み出した。仕事柄、この本の内容はなんとなく知っていたものの、実際読んでみて(まだ数十ページだけれど)、さすがベストセラーになる本だけのことはある、と思った。なにしろ、論旨が明快。わかりやすい。そして、発見がある。そしてそして、最大のポイント。それは、著者が言いたいことが、いちいち腑に落ちる。共感できるのである。「わかるわかるそういう感覚。時代的には、そうだよなぁ」って思ってしまう。たぶん著者は普段、普通に生きていて感じたことや発見を、まず『お話』にしているはずだ。その『お話』がまずは面白い。「わかるわかる」なのだ。そしてその『お話』を、都合のいいデータで裏づけしているはずなのだ。データを読み込んだ、社会分析的な体裁になってはいるが、本来的には、著者の感覚的なもの、仮説的なものでできているのだ。だからこそ、読んでいて面白い。うちのマーケティングスタッフと仕事していて、優秀だなぁと思えるのは、まさにこういうタイプ。優秀な彼らは、「雑感」や「仮説」が面白いのだ。分析やデータに頼りすぎ、とかロジカルに積み上げすぎのタイプは、「共感できない=わからない」ことが多い。つまりは、マーケッターに必要なのは、『ヒトとしてのセンス』だったりするんですかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月30日 (月)

『ビミョーな未来』と『ザ・プロフェッショナル』

今日、藤原和博さんの『「ビミョーな未来」をどう生きるか』と、大前研一さんの『ザ・プロフェッショナル』を読んだ。中学の校長先生もやっている藤原さんの本は、小学生や中学生に向かって、どのようなことを大切にして、これからを生きていくかを簡単な文章で語ったものであり、大前さんの本は、これからの時代は「プロフェッショナル」になることで生き残っていけと、熱く語ったビジネス書である。それぞれに語る相手は違っているが、大きく共通しているのは、今までの価値観では掴みきれない大きな変化が始まっていて、その変化をいち早く感じ取り、自分なりの考え方、生き方を見つけることが重要なのだ、というコトである。全くもって、当たり前の話だし、こういった「生き方」本にとって、「時代の変化」は、前提条件。しかし、だからといって「ハイハイ、時代の変化ですね」といって見過ごすには、今直面している変化は、あまりに大きすぎる。自分も社会人になってかれこれ20年ほどたつが、今回の「時代の変化」は本物だなぁ、という感覚がある。広告業界なども、まさにその大きな変化の真っ只中にあり、今後どうなっていくか、みんな息を潜めて見守っている状態である。そしてもうひとつ、両方の本に共通して感じたこと。それは、どちらにもある種の『諦観』があるということ。「私は言いましたよ。でも、それに気づいて変化するかしないかは、あなた方の責任ですよ。今のままじゃだめですよ。知りませんからね」みたいな警告のニュアンス。空港で聞く「最終案内」にも近い感覚。変化を感じ取り、これからを語れる著者達が感じ取っている時代に対する「畏れ」が、二つの本に共通しているように思えた。

| | コメント (0) | トラックバック (1)